「掛け捨てはもったいない」「保険に入るなら貯蓄性があった方が安心」――そう感じるのは、決して不自然なことではありません。しかし、そもそも保険に貯蓄性まで求めることは、本当に合理的な選択なのでしょうか。
本稿では、この素朴な感覚の背景にある心理と、貯蓄型保険という商品の構造を掘り下げて考えます。なお、本稿で扱う「保険」は生命保険を指し、火災保険や自動車保険などの損害保険は対象としていません。
- 「掛け捨てはもったいない」という感覚を持っている方
- 終身保険を、資産形成の手段として検討している方
- 保険と資産形成を分けるべきか、一体化すべきか、判断の軸を持てていない方
- 保険業界の収益構造と、消費者心理の関係を掘り下げて考えたい方
- 貯蓄性のある保険が生命保険市場で大きな位置を占めるのは、日本だけの現象ではない
- 貯蓄型保険は「保障」「貯蓄」に加えて、途中でやめにくくする「自分を縛る仕組み」も併せ持つ
- 強制的に貯蓄させる仕組みは、家計を助ける面もあれば、状況が変わったときに身動きを取りにくくする面もある
- 貯蓄部分は他の金融商品と比べやすい開示になっておらず、販売側にそれを変える強いインセンティブもない
- 貯蓄型保険は、「続ける仕組み」の価値が、そのために支払うコストに見合う人だけの選択肢である
1. なぜ人は「掛け捨て」を嫌うのか
保険に入るべきかどうかを考えるときは、リスクの排除、許容、転嫁という切り分けが重要です。この整理は以下の関連記事で行っています。ここでは、保険に入ると決めた後に生まれる、もう一つの選択――貯蓄性を求めるかどうか――について考えます。
1-1. 損失回避バイアスという心理
行動経済学には、損失回避バイアスと呼ばれる考え方があります。これは、人が不確実な状況でどのように意思決定を行うかを説明する「プロスペクト理論」(1979年発表)の中心的な要素の一つです。同論文は選択実験の結果を踏まえ、”utility functions were considerably steeper for losses than for gains“(効用関数は、利得に対してよりも損失に対しての方が、かなり急な傾きを持っていた)と述べており、人は同じ大きさの利得よりも損失の方を重く受け止める傾向がある、というものです(出典①p.280)。
「掛け捨て」という言葉自体、保険期間が満了しても保険料が戻ってこないことを、あたかも「損」であるかのように表現しています。しかし、結果として給付を受けなかったとしても、契約者は保険期間中、万一の際の保障を得ていました。保険料はその保障を確保するための費用であり、その一部が不測の事態に遭った契約者への保険金や給付金の原資になります。これは保険という仕組みが本来的に持つ、リスクを共同で分担する性質そのものであり、損失回避バイアスが「掛け捨て」という言葉の響きを通じて、この本質的な性質を「損」であるかのように感じさせている、と見ることができます。
東京大学社会科学研究所が、生命保険文化センターの「生命保険に関する全国実態調査」を再分析した研究では、「我が国においては純粋な掛け捨て型の生命保険よりも満期返戻金がある貯蓄型の生命保険が嗜好され、普及している傾向にある」と指摘しています(出典②p.12)。貯蓄性への志向は、リスクへの対処というより、損失回避という心理そのものに由来している可能性があります。
1-2. 米国・カナダでも大きい貯蓄性商品の保険料比重
ここまで見てきた貯蓄性商品への志向は、日本に固有の現象なのでしょうか。米国の保険業界団体LIMRAの統計によれば、2024年の米国個人生命保険市場において、term(掛け捨て型の定期保険)の新契約保険料シェアはわずか19%にとどまり、残りの8割超は終身保険(36%)やユニバーサル生命保険(変額型・指数連動型・固定型を合わせて45%)など、いずれも貯蓄性を伴う商品が占めています(出典③)。
カナダも同様の傾向で、termは18%にとどまり、残りの8割超を終身保険(69%)とユニバーサル生命保険(13%)といった貯蓄性を伴う商品が占めています(出典④)。
ただし、これらは新契約年換算保険料ベースのシェアであり、契約件数や加入者の割合を直接示すものではありません。定期保険は同じ死亡保障額でも貯蓄型より保険料が大幅に低いため、契約件数が多くても保険料シェアは小さく出やすく、この数字から「消費者が貯蓄型をより好んでいる」と直接断定することはできません。それでも、保険料ベースで見た資金の流れとして貯蓄性商品の比重が大きいことは、日本だけの現象ではないことを示す材料にはなります。
1-3. 貯蓄性を後押ししてきた制度的背景
その背景にある制度は国によって異なります。日本では、生命保険料控除という税制優遇が、大正12年(1923年)に衆議院議員の議員立法によって創設されました。制度の提案者は、生命保険料を継続的に払い込むという行為そのものが「勤倹貯蓄ノ美風」や「堅忍不抜、自制克己ノ精神」を養う効果を持つとして、その奨励を主張していました。一方、政府は当初、生命保険が「類似の性質を有する貯蓄預金等」と比べて優遇される不均衡を理由に、この控除の導入に難色を示していました(出典⑤)。提案者・政府どちらの立場からも、生命保険が単なる保障の購入にとどまらない、貯蓄に近い性格を持つ商品として認識されていたことがうかがえます。また、標準責任準備金制度の導入前にあたる1985年から1993年には、保険期間20年超の商品における標準的な予定利率が5.5%という高い水準にありました(出典⑥)。予定利率は契約者が得る利回りそのものではありませんが、高い予定利率を前提に保険料が設計されていたため、この時期の貯蓄性保険には、現在から見れば有利な条件の契約が多くありました。こうした時代に形成された「貯蓄性保険は有利であり、選んで当然だ」という感覚は、予定利率が大きく低下した後も、必ずしも同じ速さでは更新されてこなかったと考えられます。
米国では、内国歳入法第7702条が、税制上「生命保険契約」として扱われるための要件を定めています。要件を満たす契約では、契約内に蓄積される運用益に課税繰延べの効果が生じるため、貯蓄や資産形成の手段として保険を選ぶ動機の一つになります。LIMRAは、2021年の同条改正について”IRS Code 7702 fueled the 20% growth in late 2021 and early 2022“(内国歳入法第7702条の改正が、2021年後半から2022年前半にかけての20%の成長を後押しした)と報告しており、終身保険の販売動向に直接影響したことが分かります(出典⑦)。日本とは異なる制度的経路をたどりながらも、両国とも貯蓄性商品を後押しする結果になっている、という点は興味深い符合です。
損失回避という心理的傾向そのものは、おそらく人間に共通する普遍的なものです。それを、どの国のどの制度がどう強化してきたかという違いこそが、各国の生命保険市場の姿を分けていると考えられます。
- 出典①: Daniel Kahneman and Amos Tversky, “Prospect Theory: An Analysis of Decision under Risk“, Econometrica, Vol.47, No.2(1979年)
- 出典②: 東京大学社会科学研究所「生命保険文化センター『生命保険に関する全国実態調査』の再分析」
- 出典③: LIMRA「U.S. Individual Life Insurance Premium Exceeds $16 Billion in 2024, Setting New Sales Record」
- 出典④: LIMRA「Canadian Life Insurance New Premium Jumps 8% to Set New Record in 2024」
- 出典⑤: 国税庁「はじめての保険料控除(答え)」
- 出典⑥: 第一ネオ生命保険株式会社「生命保険の予定利率とは?計算方法や推移、保険料への影響まで解説」
- 出典⑦: LOMA「LIMRA: U.S. Retail Life Insurance Sales Projected to Improve in 2024 and 2025」
2. 貯蓄型保険とはどんな商品なのか
2-1. 貯蓄型保険が持つ自己拘束という性質
貯蓄型保険は、死亡保障という本来の保険機能に、将来の解約返戻金や満期保険金を形成する貯蓄機能が組み合わされています。保険料は、保険会社が将来の運用収益を見込んだ予定利率などに基づいて計算されます。しかし、この貯蓄部分には一つの制約が伴います。保険料の払込みを続けなければ、保障の継続や将来の受取額に影響が生じ得るのです。この制約こそが、契約者に自分自身を拘束することを求める理由です。
貯蓄型保険の保険料は、口座からの引き落としという形で、意識しないうちに天引きされ続けます。積立投資であれば任意のタイミングで停止や引き出しがしやすいのに対し、貯蓄型保険は途中でやめると、解約返戻金が払込保険料総額を下回ることがあるため、「やめにくさ」そのものが商品設計に組み込まれていると見ることができます。
死亡保障は定期保険で、貯蓄・運用はNISAなどで、自己拘束は積立の継続を自動引き落としに設定することで、それぞれ近い形を別の手段で実現できます。ただし、生涯保障や、途中でやめにくいという拘束の強さまで含めて、貯蓄型保険を完全に再現できるわけではありません。
2-2. 一体化がもたらす見えにくさ
保障と貯蓄、そしてそこから派生する自己拘束が一体化していることが、貯蓄型保険を評価しにくくしている本質的な理由です。保障だけを取り出して定期保険の保険料と比較することも、貯蓄部分だけを取り出して投資信託の利回りと比較することも、契約者自身が計算しなければ見えてきません。保険会社が示す返戻率は、保障と貯蓄が一体化した契約全体の結果を表す数字です。一方、予定利率は保険料計算の基礎率であり、契約者が実際に得る利回りをそのまま示すものではありません。いずれの数字も、契約者が保障と貯蓄それぞれにいくら支払っているのかを直接には示していません。
この見えにくさは、保険会社が意図的に情報を隠しているという話ではありません。保障・貯蓄・自己拘束という異質な価値が一つの契約、一つの保険料に集約されているため、その内訳を共通の尺度で示すことは単純ではなく、一体化された商品性そのものが、契約者による比較を構造的に難しくしているのです。
自己拘束という性質自体は、後の章で見るように、決して無価値なものではありません。しかし、それが保障・貯蓄と同じ一つの数字の中に溶け込んでしまうと、契約者は自分が何にいくら支払っているのかを見失いやすくなります。次章では、この一体化された商品性が、開示規制の面でどのように扱われているのかを見ていきます。
3. 保険という「顔」は何を見えにくくするのか
3-1. 開示義務はすでに存在する
第2章で見た見えにくさに対して、多くの人は「見えにくいなら、開示を義務付ければよいのではないか」と考えるでしょう。実際、円建てで予定利率があらかじめ確定している終身保険や養老保険のような一般の保険にも、開示規制はすでに及んでいます。保険業法294条は情報提供義務を、294条の2は意向把握・確認義務を、原則として保険募集に課しています。金融庁の監督指針は、この情報提供義務の履行として、商品の内容を理解するために必要な「契約概要」と、顧客に注意喚起すべき事項をまとめた「注意喚起情報」の記載を求めています(出典⑧II-4-2-2(2)・(3))。
一方、外貨建て保険や変額保険のように、為替や運用実績によって受取額が変動するリスクを契約者が負う商品には、これに加えてさらに踏み込んだ規制が及びます。2007年に施行された改正保険業法では、こうした投資性の強い保険契約を「特定保険契約」として定義し、金融商品取引法の行為規制を準用する仕組みが導入されました(出典⑨第300条の2)。具体的には、契約締結前の書面交付義務、広告等の表示規制、適合性の原則(顧客の知識・経験・財産状況等に照らして不適当な勧誘を行ってはならないという原則)などが、特定保険契約には及ぶことになっています(出典⑩p.2)。つまり「保険という顔をしているから開示が一切ない」という理解は正確ではありません。
この改正は、証券取引法を金融商品取引法へと改正する2006年の法改正に伴うもので、変額保険・変額年金などの投資性の強い保険契約に対する規制を、金融商品取引法と横断的にそろえることが柱の一つとされています(出典⑩p.1)。特定保険契約という区分は、この規制の横断化の一環として設けられたものです。
しかし、こうした開示様式が用意されているとしても、保障・貯蓄・費用が一体化した保険商品を、他の資産形成手段と同じ尺度で比較できる形には設計されていません。金融庁自身も、複雑またはリスクの高い金融商品を販売・推奨する際には、顧客が負担するコストやリスク・リターンについて、他の金融商品と比較しながら分かりやすく提供すべきだという原則を示しています(出典⑪p.2)。つまり、比較可能な情報提供という考え方自体は、行政が金融事業者に求める原則としてすでに示されています。問われるのは、この原則が実際の販売現場でどこまで実現しているかです。以下では、円建ての貯蓄性保険と、外貨建て・変額保険について、それぞれ異なる角度から比較の難しさを見ていきます。
3-2. 円建て貯蓄性保険の分かりにくさ
円建てで予定利率があらかじめ確定している終身保険や養老保険にも、比較の難しさがあります。予定利率や将来の解約返戻金額は示されますが、それだけでは契約者が負担する費用や実質的な利回りを、他の金融商品と同じ尺度で比較することは容易ではありません。これは保険会社が意図的に情報を隠しているというより、比較可能な開示を進めるインセンティブが、販売側に乏しいことの表れだと考えられます。
この非対称性は、有配当保険・無配当保険という区分にも表れています。生命保険文化センターの解説によれば、保険料は予定利率・予定死亡率・予定事業費率という三つの予定率をもとに算出されています。実際の運用利回りが予定を上回ったり、死亡率や事業費が予定を下回ったりした結果、剰余金が生じることがあります。有配当保険では、こうした剰余金が生じた場合に配当金として契約者に還元されます。配当金は、予定率に基づいて計算された保険料の事後精算という性格を持ち、金額は保証されていません。一方、無配当保険には配当金の分配がなく、一般に基礎率を実際の経験値に近づけることで、有配当保険より保険料を安くする設計が採られています(出典⑫)。
とくに無配当保険では、実際の運用利回りが予定利率を下回るリスクを保険会社が負う一方、予定利率を上回っても契約者への配当はありません。この構造は、「下振れの保証を買う対価として、上振れを手放す」という商品設計として理解できます。問題は、この非対称な構造そのものというより、「貯蓄性」という言葉が、運用成果がそのまま反映される商品を連想させ、実態との間に期待のズレを生んでいることだと考えられます。
3-3. 外貨建て保険と販売手数料の構図
外貨建て保険や変額保険は、円建て商品とは異なり、特定保険契約として金融商品取引法型の開示(契約締結前交付書面)が及んでいます。しかし、開示書類が整っていることと、それが実際に他の金融商品と比較できる情報として機能しているかどうかは、また別の問題です。
金融庁は2024年に公表したモニタリング結果の中で、外貨建て一時払保険についてさえ、目標値到達で解約・乗り換えを促す「ターゲット型」の商品を中心に、購入後4年以内に約6割が解約されている実態を指摘しています。乗り換え販売が起これば販売会社は手数料を複数回受け取ることになり、これは顧客にとって経済合理性があるとは言えないとされています(出典⑪pp.3-4)。ここでも、原則が示されていることと、実際に比較可能な情報として顧客に届くことは、また別の問題だということです。
つまり、少なくとも外貨建て一時払保険では、円建て保険より踏み込んだ開示が行われていても、短期間での解約・乗り換えを促す販売インセンティブの問題までは、開示書類の充実だけでは解消できないことが示されています。
- 出典⑧: 金融庁「保険会社向けの総合的な監督指針」
- 出典⑨: e-Gov法令検索「保険業法(平成七年法律第百五号)」
- 出典⑩: 大和総研「投資性の強い保険等に関する政府令案の公表」
- 出典⑪: 金融庁「リスク性金融商品の販売会社等による顧客本位の業務運営に関するモニタリング結果(概要版)」
- 出典⑫: 公益財団法人生命保険文化センター「配当金の仕組み」
4. 強制貯蓄は家計を守るのか
4-1. 「コストの高い投資プログラム」という指摘
保障と資産形成を分けるべきだという考え方は、米国の個人金融の世界では「Buy Term and Invest the Difference(BTID)」、つまり「掛け捨てを買って、差額を自分で運用しなさい」という助言として、長年にわたって語られてきました。
バートン・マルキールとチャールズ・エリスは、著書『投資の大原則』の中で「終身保険はあなたが必要とする生命保険機能に、コストが高い投資プログラムが付け加えられている」と述べています(出典⑬p.139)。
さらに、貯蓄型保険が持つ自己拘束には見落とせない副作用もあります。強制貯蓄が機能するのは、契約者が保険料を払い続けられる間だけです。収入減少や病気、離婚といった事情で保険料の継続が難しくなったとき、早期の解約はむしろ元本割れという形で家計をさらに傷つける可能性があります。「規律を与える」という長所と、「状況が変わったときの逃げ道を狭める」という短所は、同じ自己拘束という仕組みの表裏です。
4-2. 行動経済学からの反論
一方で、この助言に一石を投じる研究もあります。2015年に米ウォートン校のDavid F. Babbel教授とカーネギーメロン大学のOliver D. Hahl准教授が発表した論文は、BTIDへの反論を展開しています(出典⑭)。
著者らは、差額を継続的に投資に回すというBTIDの前提は、多くの消費者にとって行動上容易ではないと論じています。平準払の終身保険では、定期的な保険料の払込みが契約の継続と結びつき、途中でやめると解約返戻金が払込保険料総額を下回ることもあるため、その「やめにくさ」が外部の強制力として働きます。一方、BTIDでは、差額を自動積立に回すことはできても、それを停止するかどうかは契約者自身に委ねられており、保険契約と同程度の拘束はありません。目の前の出費を将来の利益より優先してしまう傾向(双曲割引)や、お金を用途ごとに厳密に管理し続けることの難しさ(メンタル・アカウンティング)を踏まえると、この「自分の意志だけで守り続ける」というハードルは、多くの人にとって実際には低くない、というのが著者らの指摘です(出典⑭pp.95-96)。この研究は、謝辞でニューヨーク生命を含む複数組織から支援を受けたことを明記している点には留意が必要です。一方で、同じ謝辞には同誌の4名の査読者への謝意も記されています(出典⑭p.101)。
前節で見たマルキールとエリスの立場と、この立場を並べると、同じ「貯蓄型保険にはコストがかかる」という事実に対して、評価が正反対に分かれていることが分かります。本稿の論点に引きつければ、Babbel教授らの議論は、そのコストを規律を得る対価として評価し得るという立場に近く、マルキールとエリスはそのコストを、生命保険機能に付加された高コストの投資プログラムとして否定的に評価しています。次節では、この対立の背後にある論点を整理します。
4-3. 規律を与えることと、逃げ道を狭めることは表裏である
第2章で見た通り、貯蓄型保険が提供しているのは運用収益だけではなく、途中でやめにくいという自己拘束の機能でもあります。Babbel教授らが論じるように、差額を自分で運用し続けることが容易でない人にとっては、貯蓄型保険という仕組みが、いわば代わりにその規律を提供している、という見方には一定の説得力があります。一方で、『投資の大原則』の立場は、その規律の代行に対して支払っているコストが、あまりに高すぎるという評価に近いものです。
筆者自身は、『投資の大原則』の立場に近い考えを持っています。保険は保障という機能に対する対価として支払い、貯蓄や資産形成は、NISAやiDeCoといった税制優遇制度を活用しながら別途行う方が、それぞれにいくら支払っているのかを見えやすくし、目的に適した手段を選びやすくすると考えています。
貯蓄型保険は、契約者の意志の弱さに「つけ込んでいる」のか、それとも、意志の弱さを「強制貯蓄という形で補っている」のか――この対立軸自体は分かりやすいものですが、実際に問うべきなのは、その自己拘束にどれだけの価値を置くか、そして自分の状況が変わったときにその拘束からどれだけ自由に動けるか、という一段具体的な問いなのだと思います。
- 出典⑬: バートン・マルキール、チャールズ・エリス『投資の大原則[第2版]』(鹿毛雄二・鹿毛房子訳、日本経済新聞出版)
- 出典⑭: David F. Babbel and Oliver D. Hahl, “Buy Term and Invest the Difference Revisited“
まとめ
保険に貯蓄性を求めること自体は、間違いではありません。ただし、そこで買っているのは利回りだけでなく、保障とともに、自分で積み立て続けなくてもよい仕組みと、途中でやめにくいという制約でもあります。損失回避バイアスという心理、比較可能性という開示規制の本質的な課題、そして強制貯蓄という自己拘束の功罪――ここまで見てきたことは、いずれもこの構造を別の角度から照らしたものです。
問うべきなのは、「掛け捨てか、貯蓄型か」ではなく、その制約にいくら支払う価値があるのか、ということではないでしょうか。安心は数字にしにくいものです。しかし、数字にしにくいからこそ、価格が見えないまま選ばないことが大切だと思います。
粕谷英雄
サマーオーシャンコンサルティング
1級ファイナンシャル・プランニング技能士、CFP®認定者としての知見をもとに、お金に関する意思決定を支援。制度の仕組みや背景、資産形成の考え方を整理して発信しています。




