DXという言葉が経営の共通言語として定着したことには、確かな意味がありました。経営ビジョンと戦略、人材と予算、成果指標までを一つの言葉で結びつけ、それまで情報システム部門やSIerの領域とされてきたデジタルを、経営課題の位置に引き上げたからです。しかし、その定着が進むにつれて、デジタルは通常の経営に溶け込むのではなく、「DXという専門領域」として独立していったのではないでしょうか。
そこへAIが登場します。多くの企業は、AIをDX推進の新しい手段として、既存の「特別枠」の中に位置づけ始めています。では、AIをDXの一部として位置づけること自体が問題なのでしょうか。それとも、問題は別のところにあるのでしょうか。
- DXという特別枠は、なぜ必要とされたのか
- 特別枠が恒久化すると、通常の経営には何が起きるのか
- AIをDXの一部として位置づけることは問題なのか
- AIによる変化の結果を、誰が経営課題として引き受けるのか
1. AIは、すでにDXの一部なのか
IPAが2026年7月に公表した「DX動向2026」によれば、DXに取り組む企業のうち、「DXの推進の一部としてAIを活用している」企業が45.1%、「DXの推進のためAIを中心に活用している」企業が9.3%で、合わせると54.4%にのぼります(出典①p.34)。DXに取り組む企業の半数以上が、AIをDX推進の手段として位置づけていることになります。
一方で、AI導入によって何らかの効果があったと回答した企業に、その具体的な内容を尋ねた結果を見ると、「業務が効率化したり迅速化した」が91.6%と突出しており、「顧客満足度が向上した」は4.5%、「売上や利益が向上した」は3.9%にとどまっています(出典①p.35)。同じ調査では、「組織横断/全体の業務・製造プロセスのデジタル化」や「顧客起点の価値創出によるビジネスモデルの根本的な変革」といった項目が、「アナログ・物理データのデジタル化」や「業務の効率化による生産性の向上」に比べて相対的に低い水準にとどまることも示されています(出典①p.12)。
ここで問いたいのは、AIの効果の大きさではなく、AIの用途がどこに向かっているかという点です。今回の調査が示しているのは、AIをDX推進の手段と位置づける企業が54.4%にのぼることと、AIの効果が業務効率化に偏っていることという、二つの事実にとどまります。AIをDXの中に位置づけたことが、業務効率化への偏りを直接生んだとまでは、この調査だけからは結論づけられません。ただし、DXとAIがともに業務効率化の段階で高い成果を示し、事業モデルの変革や顧客起点の価値創出では成果が伸び悩んでいるという重なりは見過ごせません。AIを既存のDX推進の枠に収めることで、AIもまた、DXがたどってきた軌道まで引き継いでいく可能性があるからです。
もっとも、同じ調査では「DXとAIは個別に取り組んでいる」と回答した企業が、DXに取り組む企業の26.1%を占めることも示されています(出典①p.34)。AIをDXの箱に入れずに扱っている企業が、四社に一社程度存在しているということです。この事実は、AIをDXの一部として位置づけることが必然ではないことを示しています。この26.1%の企業が、具体的にどのような体制でAIを扱っているのか、また意図的にDXと分けているのかまでは、この調査からは分かりません。それでも、AI活用が必ずしもDX推進の枠と一体化していない企業が一定数存在することは、AIをDXに合流させる進め方が唯一の選択肢ではないことを示しています。
だとすれば、問うべきは分類の問題ではなく、AIをDXの箱に入れた瞬間に何が起き得るかという問題です。そのために、まずDXという特別枠がなぜ必要とされたのかを、短く振り返っておきます。
- 出典①: IPA「DX動向2026 ~広がるAI導入、DXは変われるか~」
2. DXという特別枠は、なぜ必要だったのか
日本企業では長らく、経営とITが分離し、デジタルは情報システム部門やSIerが扱う専門領域とされてきました。この分離の下では、経営はデジタル投資の是非を自ら判断する材料を持たず、情報システム部門やSIerの側も、経営の言葉で技術の意味を語る機会を持たないまま、要件どおりにシステムを納品することが役割になりがちでした。結果として、デジタルは事業戦略や投資判断の外側に置かれやすくなりました。
そのような状況の中で、デジタル技術を前提とする競争が進み、日本企業が競争力を失うことへの危機感が政府内で強まりました。老朽化・複雑化したシステムを放置すれば、デジタル競争に取り残されかねません。経済産業省は2018年のDXレポートで警鐘を鳴らし(出典②)、デジタルガバナンス・コードを策定する(出典③)ことで、経営者自身の意識改革を訴えてきました。こうして政策面では、DXレポート、DX推進指標、デジタルガバナンス・コード、DX認定、DX銘柄といった共通言語と評価の枠組みが整えられていきました。それに呼応するように、企業内でもDX推進部門が設けられ、DX人材という区分が広がっていきました。
DXとは本来、デジタルの力を活用して事業モデルや組織、提供価値そのものを変革することを指す言葉であり、単なるシステム更新やデータのデジタル化とは次元が異なります。この定義に立ち返るなら、DXという言葉には、デジタルを単なるシステム更新から経営課題へ引き上げた功績があります。
しかし、デジタルを経営課題として目立たせるために設けたはずの特別枠が、いつまでも残り続けたらどうなるでしょうか。
- 出典②: 経済産業省「DXレポート ~ITシステム『2025年の崖』克服とDXの本格的な展開~」
- 出典③: 経済産業省「デジタルガバナンス・コード3.0 ~DX経営による企業価値向上に向けて~」
3. 橋として生まれたDXが、境界になった
DXを独立した活動として制度化した結果、次のような分離が固定されていないでしょうか。
| 通常の経営 | DXという特別枠 |
|---|---|
| 経営戦略 | DX戦略 |
| 事業投資 | DX投資・DX予算 |
| 事業部門 | DX推進部門 |
| 経営人材・事業人材 | DX人材 |
| 売上・利益・顧客価値 | DXの進捗・導入件数・活用件数 |
本来は左側にデジタルを組み込むために右側が作られました。しかし右側が恒久化すると、左側は従来のままでもいられます。経営戦略とは別にDX戦略を作る、事業部門とは別にDX部門を置く、通常の管理職とは別にDX人材を探す、事業成果とは別にDXの成果を測る。こうして、デジタルを経営に統合するはずだった活動が、デジタルを経営から切り離して扱う仕組みに静かに変わりかねません。
問題は、その枠の中で行われた活動を、通常の経営成果へつなげる回路があるかどうかです。IPAの調査では、DXの成果指標を設定している企業は23.9%にとどまります(出典①p.18)。しかも、指標を設定している企業のうち80.0%が「内向きの業務改革」を対象とする一方、「外向きの業務改革」は33.5%、「経営改革」は16.3%です(出典①p.19)。この数字だけで特別枠が分離を生んだと証明することはできませんが、DXの成果がDXの内部で完結し、通常の経営指標につながらないとき、橋として設けられたはずの枠は、経営から切り離す境界に変わってしまいます。
DXの経営貢献は、利益率の向上・売上の増加・競争力の維持向上という三つの層に分けて捉えられますが、どの層に、いつ、どう効くはずかをあらかじめ経営として合意しておかなければ、指標は管理できても経営判断には使えません。
DXの成果を測る指標が通常の経営指標と分けて置かれる限り、DXの数字がどれだけ動いても、それは通常の経営の評価とは別の物語として扱われ続けます。
特別枠は経営とITの分離を乗り越えるために必要とされてきましたが、その特別枠が存在し続けることで、通常の経営はデジタルを内包しないままでも成立してしまいます。これは単純な因果関係ではなく、DXの制度化が抱える自己矛盾として捉えるほうが適切です。
4. AIをDXに入れる前に、誰の経営課題かを問う
DXが本来目指していたのは、デジタル技術を経営に組み込み、事業や組織を変えることだったはずです。その意味では、AIをDXの枠で扱うこと自体は不自然ではありません。問われるべきは、これまで見てきたような、DXがたどってきた制度化のかたち——別予算、別指標、別部門、別人材——に、AIもそのまま乗せてしまってよいかどうかです。
AIの影響は、日々の業務改善だけにとどまらず、事業モデルや競争優位の前提そのものに及び得ます。その可能性を使い慣れた枠の中だけで扱おうとすれば、経営変革に必要な選択肢を自ら狭めることになりかねません。
DX部門が生成AI環境を整備する、全社からユースケースを募集する、利用人数や削減時間を集計する、成功事例を社内展開する。この進め方だけでは、AIは既存業務の効率化に向かいやすくなります。それは業務効率化として意味を持ちますが、事業変革とは別の営みです。
一方で、商品責任者が、AIによって提供価値をどう変えるかを決める。営業責任者が、顧客との関係をどこまで再設計するかを決める。人事責任者が、AIを前提に職務と人員構成をどう変えるかを決める。経営者が、AIによって競争優位の前提がどう変わるかを判断する。こうした決定が積み重なるとき、AIは通常の経営判断に組み込まれていきます。もっとも、こうした判断を経営が下すには、AIの技術的な特性を理解し、経営の言葉に翻訳できる人材が欠かせません。ここでも、専門人材を置けば経営自身が理解する必要はなくなる、というDX人材のときと同じ期待が繰り返されようとしています。
AI人材を確保できないという声は各社から聞こえてきますが、確保すべきAI人材が事業責任者の判断そのものを肩代わりする人材だとすれば、それは最初から成立しない期待です。AI人材が担うのは、技術によって何が可能になるのか、どの前提に限界があるのかを示し、事業上の選択肢を広げる役割です。技術的な判断に加わることと、商品や顧客、組織についての事業責任を代行することは別の話です。AI人材がどれほど優秀であっても、AIによる変化の結果を引き受ける事業責任者は別に必要になります。
問うべきなのは「AIはDXか」ではなく、AIによる変化の結果を引き受ける事業責任者は誰か、ということです。この問いは、AIだけでなく、DXそのものにも当てはまります。この問いを立てないままDXを進めてきたのだとすれば、今がその見直しどきではないでしょうか。ここで焦点を当てたいのは、AIをDXという箱に入れたときに、事業責任の所在が薄まっていないかという一点です。DX部門はAIの導入や運用を担うことはできても、商品や顧客や人材について、事業責任者の代わりに決定を下すことはできません。その決定を誰も引き受けないまま、AIの活用件数だけが積み上がっていく状態こそが、避けるべき事態です。
結び
DXは、デジタルを経営課題として認識させるために必要な過渡的概念でした。しかし、過渡的な仕組みが恒久化すれば、デジタルはいつまでも特別なものとして残ります。
DXが本来の意味で経営に統合されているなら、AIをDXの一環として位置づけることは、むしろ自然な選択です。焦点を当てるべきは、その統合が本当に果たされているかどうかです。DXが経営に統合されないまま、業務効率化にとどまっているのであれば、AIをその中に位置づけることは、AIの力を事業変革に活かしきれない危険を伴います。DXという言葉は、デジタルを経営に近づけるために必要でした。しかし、デジタルが本当に経営に根付くとき、DX戦略と経営戦略、DX人材と事業人材を分ける理由は、次第に薄れていくはずです。
DXの成熟を示すのは、DXという言葉を使い続けることではなく、その言葉を必要としない経営にどこまで近づけたかです。そこにこそ、問い続ける価値があります。
粕谷英雄
サマーオーシャンコンサルティング
ソフトウェア開発、情報システム刷新、DX推進などの実務知見をもとに、デジタル化に関する意思決定を支援。デジタルを経営に活かすための視点や推進の考え方を整理して発信しています。




