「デジタルガバナンスコード」という言葉を聞いたことがあるでしょうか。DX認定やDX銘柄との関係で目にしたことがある方もいるかもしれませんが、経営の場で積極的に参照されることは、まだ多くないかもしれません。

そもそもDXという言葉自体、デジタル化推進の文脈で使われることが増えた結果、本来の意味である「デジタルの力を活用した変革」という緊張感が薄れてきています。新しいシステムを導入すること、業務をデジタルに置き換えること。そのような活動も重要ですが、変革とは別の話です。

デジタルガバナンスコードは、単なるデジタル化ではない、デジタル変革を経営が引き受けるための共通言語として整備されてきたフレームワークです。経営がデジタルによる変革をどう意思決定するか。その問いを持っているかどうかが、このフレームワークを読む出発点になります。

本稿で問いかけること
  • 日本企業のDXには、なぜ共通の問いが必要だったのか
  • デジタルガバナンスコード3.0は、何を企業に問うているのか
  • デジタルガバナンスコード3.0の5つの柱は、経営に何を要求しているのか
  • デジタルガバナンスコードへの対応を、どう経営の実践につなげるのか

1. 日本企業のDXには、なぜ共通の問いが必要だったのか

デジタルガバナンスコードは、経済産業省が中心となって整備してきた、日本の政策的なフレームワークです(出典①)。

米国・欧州・日本いずれも、サイバーセキュリティ、AIガバナンス、データ流通、権利保護といった領域ごとの制度やガイドラインは整備されています。しかし、それらは基本的に領域ごとの縦割りであり、経営ビジョン、戦略、推進体制、成果指標、ステークホルダーとの対話を一体として問う横断的なフレームワークは、政策として明示的に用意されている例が多くありません。

こうした中で、日本が横断的なフレームワークを政策として整備した背景には、日本固有の事情があります。デジタル変革が経営課題として十分に扱われてこなかったことが、国際競争力の衰退要因の一つとして問題視され、政策的な対応が必要とされたのです。

経済産業省のDXレポートは、既存システムの老朽化、複雑化、ブラックボックス化が経営・事業戦略上の足かせになっていると指摘しました。また、経営戦略が明確でないまま「AIを使って何かできないか」といった指示が出され、PoCが繰り返されるだけでビジネスの変革につながらないケースにも言及しています(出典②p.6)。

問題の本質は、IT投資と経営判断が分離し、デジタル施策が現場改善やシステム更新の範囲に閉じ、経営が自社のビジネスモデルや企業価値と結びつけて説明できない状態にあることです。

IPAの「DX動向2025」でも、日本のDXには、「新規ビジネスの創出やビジネスモデルの変革を実現する「デジタルトランスフォーメーション」に分類される項目では、多くの企業が成果を出せずにいる」こと、「経営層・IT部門・事業部門の部門間連携や、外部組織との連携、DX戦略のステークホルダーへの共有が米独に比べて著しく弱く、サイロ化が進んでいる」こと、「全社的な視点ではなく、個別の業務プロセスを改善する「部分最適」に留まる傾向がある」こと、などの特徴があるとされています(出典③p.1「1.1 概要」)。こうした構造は、DXを全社の経営課題として扱う難しさを示しています。

DXレポートはその後も改訂を重ね、2020年のDXレポート2.0では、「変化に迅速に適応し続けること、その中ではITシステムのみならず企業文化(固定観念)を変革することがDXの本質であり、企業の目指すべき方向性」であると示されました(出典④p.8)。2021年のDXレポート2.1では、ユーザー企業とベンダー企業の「両者がデジタル競争で勝ち抜いていくことが困難な「低位安定」の関係に固定されてしまっている」(出典⑤p.2)構造からの脱却を論じ、変化に柔軟に対応できるようにするためには、「クラウド技術や、アジャイルでの内製開発、DevOpsといった手法の活用が今後さらに重要となる」という方向性が示されました(出典⑤p.13)。さらに2022年のDXレポート2.2では、デジタル投資を「「既存ビジネスの効率化・省力化」ではなく、「新規デジタルビジネスの創出」や、既存ビジネスであっても「デジタル技術の導入による既存ビジネスの付加価値向上(個社の強みの明確化・再定義)であり、その結果、全社的な収益向上を達成」すること(出典⑥p.6)、および「CEO/CDO/CIOがDX推進に関して、ビジョンや戦略だけではなく、「行動指針(社員全員のとるべきアクション)」も具体的に示」すことの重要性が提示されています(出典⑥p.7)。

一方、デジタルガバナンスコードは、DXレポートが一連の問題提起を行ってきたのと並走する形で整備されてきました。2020年に初版、2022年に2.0、2024年に3.0へと改訂が重ねられています。DXレポートが「診断と警鐘」の役割を担い、デジタルガバナンスコードが「処方と問いの体系化」を担うという、経産省による一体的な政策展開と見ることができます。

デジタルガバナンスコードは、個別領域の制度が並立する中で、それらを経営の意思決定として束ねる統合的なフレームワークとして位置づけられます。経営者がデータやデジタル技術によって何を変え、どの企業価値を高めようとしているのかを、説明可能な形にするための枠組みです。この枠組みは、DX認定やDX銘柄とも接続しており(詳細は3章で述べます)、経営ビジョンからステークホルダーとの対話までを一本の軸で問う構造になっています。

出典

2. デジタルガバナンスコードは何を変えようとしているのか

デジタルガバナンスコード3.0は、正式には「デジタルガバナンス・コード3.0 ~DX経営による企業価値向上に向けて~」として、2024年9月に取りまとめられました。「経営者が企業価値を向上させるために実践すべき事柄を取りまとめたものが「デジタルガバナンス・コード」である」と記されています(出典⑦p.4)。

初版から3.0までの変遷を見ると、このコードが何をより強く問うようになったかが見えてきます。

2020年に策定された初版は、「デジタル技術による社会変革を踏まえた経営ビジョンの策定・公表といった経営者に求められる対応」を示すものでした。2022年の2.0では、「デジタル人材の育成・確保をはじめとした時勢の変化に対応する」ための改訂が行われました。そして2024年の3.0では、「DX経営による企業価値向上に向けて」という副題が付され、企業価値への接続がより明確に前面化されています(出典①)。

この副題は、記事の読み方を決める重要な手がかりです。3.0が問うているのは、デジタルを経営の中でどのように位置づけ、企業価値へどう接続しているかです。

ただ、「DX経営」という言葉は、政策文書でも広く使われるほど定着している一方で、この用語がバズワード化した結果、その本来の意味が薄れてしまっているかもしれません。DXとは、デジタルの力を活用した変革を経営が引き受ける、という覚悟を含む概念です。単にデジタル化を推進する経営とは、一線を画しています。このフレームワークを読む前提は、「DX経営」をデジタル化推進の体制整備としてではなく、変革への覚悟として捉えることにあります。

デジタルガバナンスコード3.0では、全体像が「3つの視点」と「5つの柱」で整理されています。3つの視点は、経営ビジョンとDX戦略の連動、As is – To beギャップの定量把握・見直し、企業文化への定着です。5つの柱は、経営ビジョン・ビジネスモデル、DX戦略、DX戦略の推進、成果指標の設定・DX戦略の見直し、ステークホルダーとの対話です(出典⑦ pp.4, 6-7)。

図表1: デジタルガバナンス・コードの全体像
「DX経営に求められる3つの視点・5つの柱」
図表1: デジタルガバナンス・コードの全体像
「DX経営に求められる3つの視点・5つの柱」

出典⑦p.4より引用

各項目は、一連の流れとして機能します。「経営ビジョンを策定しているか」「DX戦略を策定しているか」「成果指標を設定しているか」という問いは、それぞれが独立したチェック項目ではなく、経営ビジョンとDX戦略がつながっているか、その戦略を実行するための体制・人材・IT基盤・セキュリティが整っているか、進捗を測る指標があり環境変化に応じて見直す仕組みがあるか、というひとつのストーリーとしてつながっているかが問われています。

この流れの中心にあるのが、As is – To beギャップです。DXを進める際に見るべきなのは、目指す経営ビジョンと現在の事業運営との間にある差です。

顧客接点は目指す姿に合っているか。データは意思決定に使える状態になっているか。部門ごとのシステムや業務プロセスは、全体最適を妨げていないか。人材や組織能力は、戦略を実行できる水準にあるか。サイバーセキュリティは、事業継続や取引先からの信頼を支えるものとして設計されているか。

こうした問いに答えずに、DX戦略という名前の施策一覧だけを作っても、経営のフレームワークとしては機能しません。デジタルガバナンスコード3.0は、企業に対して、DXを「施策の束」ではなく「企業価値に接続された経営の設計」として捉えることを求めていると考えられます。

3. デジタルガバナンスコードを中心とした施策体系——認定・評価制度との関係

経済産業省は、企業の成熟度に応じた段階的な施策体系を整備しています。

図表2: 経済産業省 DX施策体系
図表2: 経済産業省 DX施策体系

経済産業省「産業界のデジタルトランスフォーメーション(DX)」より引用

デジタルガバナンスコードが全体の共通基準として位置付けられ、その上にDX推進指標による自己診断、DX認定による国の認定、そして頂点にDX先進企業としての評価(上場企業向けのDX銘柄、中堅・中小企業向けのDXセレクション)が積み上がっています。

DX認定制度とは、「情報処理の促進に関する法律」に基づき、「デジタルガバナンス・コード」の基本的事項に対応する企業を国が認定する制度」です(出典⑧)。認定基準は経済産業省令に定められており、デジタルガバナンスコードと対応しています。

つまり、デジタルガバナンスコードは、「何を目指すべきか」を示すフレームワークであり、DX推進指標はその達成度を自己診断するツール、DX認定はデジタルガバナンスコードに基づく取り組み状況を国が確認する制度、DX銘柄・DXセレクションはその上位に位置する先進企業の認定です。DX認定が土台になり、その上にDX銘柄・DXセレクションが乗る構造です。

ここで注意したいことは、DX認定はDXの完成を証明するものではないということです。自社がDX経営に向き合うための基本的な準備を整え、それを外部に説明できる状態にあることを示す制度です。

認定を取得する実務上の意味はあります。認定事業者として公表されることにより、対外的に信頼性を示しやすくなります。DX銘柄の選定対象になるためには、上場企業の場合、DX認定の取得が必要です。中堅・中小企業等についても、DXセレクションへの応募や一部支援措置との関係があります。

しかし、制度上のメリットがあるからこそ、認定取得そのものが目的化する危険もあります。申請書を整え、必要な情報を記載し、認定を取得する。その作業自体は重要ですが、それだけで経営が変わるわけではありません。

DX認定を意味あるものにするには、申請過程を、自社の経営ビジョン、DX戦略、推進体制、成果指標、見直しサイクルを棚卸しする機会として使う必要があります。制度は、企業の現在地を可視化するためのものです。可視化された現在地をどう読み、次の意思決定にどうつなげるかは、経営側の責任として残ります。

4. デジタルガバナンスコードを経営に生かす——5つの柱と接続の条件

デジタルガバナンスコード3.0は、経営者が実践すべき事柄を5つの柱として整理しています(出典⑦)。

5つの柱認定基準(要求事項)
1.経営ビジョン・ビジネスモデルの策定・データ活用やデジタル技術の進化による社会及び競争環境の変化の影響も踏まえた
経営ビジョン及びビジネスモデルの方向性を公表していること
2.DX戦略の策定・競争環境の変化の影響も踏まえて策定したビジネスモデルを実現するための方策として、
DX戦略を公表していること
3.DX戦略の推進
3-1.組織づくり・DX戦略において、DX戦略の推進に必要な体制・組織に関する事項を示していること
3-2.デジタル人材の育成・確保・DX戦略において、DX戦略の推進に必要な人材の育成・確保に関する事項を示していること
3-3.ITシステム・サイバーセキュリティ・DX戦略において、ITシステム環境の整備に向けた方策を示していること
・DX戦略の実施の前提となるサイバーセキュリティ対策を推進していること
4.成果指標の設定・DX戦略の見直し・DX戦略の達成度を測る指標について公表していること
・経営者のリーダーシップの下で、デジタル技術に係る動向や自社のITシステムの現状を
踏まえた課題の把握を行っていること
5.ステークホルダーとの対話・経営ビジョンやDX戦略について、経営者が自ら対外的にメッセージの発信を行っていること

各項目は、一連の流れとして機能します。経営ビジョンとDX戦略がつながっているか、その戦略を実行するための体制・人材・IT基盤・セキュリティが整っているか、進捗を測る指標があり環境変化に応じて見直す仕組みがあるか、というひとつのストーリーとしてつながっているかが問われています。

このストーリーを自社の言葉で語れる状態にあることが、DX認定の申請で求められる実質的な内容です。

たとえば、AIを導入していること自体は、DX経営の説明として不十分です。そのAI活用が、どの経営課題に対応しているのか。顧客価値の向上なのか、業務効率化なのか、リスク低減なのか、意思決定の高度化なのか。さらに、その効果を何で測り、誰が見直すのか。そこまで説明できて、初めて経営の文脈に置かれたデジタル施策になります。

同じことは、データ基盤や基幹システム刷新にも言えます。データをどの意思決定に使うのか。業務プロセスのどこを標準化し、どこに例外を残すのか。既存システムの制約が、どの経営課題を生んでいるのか。こうした問いに答える必要があります。

DX認定の申請書は、制度対応のための文書であると同時に、自社のDX経営を言語化するための道具です。しかし実際には、制度対応が担当者の作業に留まりやすいという問題があります。それらが経営ビジョンや企業価値と結びついていなければ、DX経営は動きません。

接続できない原因は、多くの場合、施策が経営の意思決定と結びついていないことにあります。経営ビジョンとデジタル施策が分離している。進捗指標と成果指標が混同されている。会議体では報告は行われるが、投資判断や優先順位の見直しは行われていない。こうした構造があると、デジタルガバナンスコードは申請資料の中に閉じ込められてしまいます。

その構造をほどくためには、制度の項目を経営の問いに変換する必要があります。

一つ目は、As is – To beギャップを、経営会議で扱える粒度に分解することです。

「DXが遅れている」「データ活用が不十分」「システムが古い」といった表現では、経営判断にはつながりません。どの事業領域で、どの顧客接点に問題があり、どの業務プロセスが制約になっていて、どのデータが使えず、どのリスクが事業継続や成長を妨げているのか。そこまで分解して初めて、投資判断や優先順位の議論が可能になります。

二つ目は、成果指標を「施策の進捗」だけでなく「企業価値への接続」で見ることです。

システム導入の完了、研修受講者数、データ基盤の構築、AIツールの利用件数。これらは進捗指標としては意味があります。見るべきなのは、その施策が売上成長、顧客価値、業務効率、意思決定の質、リスク低減、人材の能力向上などにどうつながっているかです。

三つ目は、デジタルガバナンスを会議体に組み込むことです。

担当部門が資料を作り、経営層に報告するだけでは、デジタルガバナンスが機能しているとは言えません。これらの問いは、経営が引き受けるべき意思決定です。データ活用、サイバーセキュリティ、人材育成、成果指標のいずれも、最終的には投資優先順位、リスク許容度、事業戦略との整合性に関わります。担当部門は現状や選択肢を説明できますが、どのリスクを受け入れ、どこに資源を配分し、どの企業価値を優先するかを決めるのは経営です。だからこそ、経営会議や取締役会で定期的に以下のような問いを扱う必要があります。

  • このDX戦略は、どの経営ビジョンを実現するためのものか
  • デジタル投資の優先順位は、企業価値への接続で説明できるか
  • 現在のKPIは、経営上の成果を測れているか
  • サイバーセキュリティは事業リスクとして議論されているか
  • デジタル人材の育成は組織能力の獲得として見られているか
  • DX戦略は、何をどの周期で見直すのか

ここで求められるのは、経営者がすべてを決め現場に指示するトップダウンではなく、経営が問いを引き受け、意思決定の構造を設計するという意味でのリーダーシップです。

現場は業務を知っています。情報システム部門は技術と制約を知っています。DX推進部門は全体の調整を担います。しかし、企業価値に対してどの投資を優先し、どのリスクを許容し、どの変革を進めるかは、経営の意思決定です。

デジタルガバナンスコードを生かすとは、経営ビジョン、DX戦略、実行体制、指標、見直しサイクルを一貫したものとして設計し、継続的に問い直すことです。

制度は、そのための入口です。入口を通ったあと、経営が自社の言葉でDXを語り続けられるかどうか。そこに、このフレームワークの本当の価値があります。

結び

デジタルガバナンスコード3.0は、DX推進のための制度文書であると同時に、経営の説明能力を問うフレームワークです。

日本でこのようなコードが整備されてきた背景には、デジタル変革を現場任せ、IT部門任せ、ベンダー任せにしてきた構造的な課題があります。米国や欧州にもデジタルに関するガバナンスの仕組みはありますが、日本のデジタルガバナンスコードは、企業のDX経営そのものを政策的に可視化し、底上げしようとする点に特徴があります。

DX認定を取得することには意味があります。しかし、それは到達点ではありません。申請を通じて、自社の経営ビジョン、DX戦略、体制、指標、見直しの仕組みをどこまで一貫して説明できるか。その過程にこそ、制度を使う価値があります。

デジタルガバナンスコードを、担当者が読む申請資料に留めるのか。経営が企業価値への接続を問い直すための道具に変えるのか。その違いが、DX経営の実効性に少しずつ表れていきます。

執筆者プロフィール

粕谷英雄
サマーオーシャンコンサルティング

ソフトウェア開発、情報システム刷新、DX推進などの実務知見をもとに、デジタル化に関する意思決定を支援。デジタルを経営に活かすための視点や推進の考え方を整理して発信しています。

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