製造現場をはじめとするブルーカラーの業務では、作業の標準化や機械化、システム導入による効率化が長く進められてきました。一方、文章を読み、情報を整理し、状況に応じて判断するホワイトカラーの業務は、人に依存する領域として残されてきました。生成AIは、その境界を動かし始めています。経営者にも働く側にも、現在の業務を前提とせず、人が担う価値を捉え直すことが求められています。

本稿で問いかけること
  • ホワイトカラーの業務は、なぜ人が担ってきたのか
  • 生成AIが組み込まれたシステムは、従来のシステムと何が違うのか
  • 人に依存してきた業務は、どこまでAIで置き換えられるのか
  • ホワイトカラーは、自らの価値をどこへ移していくべきか
  • AIによる業務代替を、人が担う価値の拡大にどうつなげるのか

1. 効率化は、なぜブルーカラーから進んだのか

1-1. 標準化が機械化とシステム化を可能にした

産業の発展を振り返ると、ブルーカラーの業務では、作業を分解し、手順を定め、ばらつきを減らす取り組みが積み重ねられてきました。熟練者の動作を分析して標準作業へ落とし込み、機械に任せられる部分を切り出し、さらに生産管理システムやロボットを組み合わせてきました。こうした流れによって、生産性と品質の両方が高められてきました。

機械や従来型のシステムが得意だったのは、あらかじめ定められた条件のもとで、明確な手順を繰り返すことです。その力を活かすためには、人が先に業務を整理し、入力、処理、出力を定義しなければなりませんでした。標準化は単なる効率化の手法ではなく、人の中にあった業務を機械やシステムへ移すための前提だったと考えられます。

この点は、以前の記事でも考えました。標準化の価値は、すべてを一律にすることではなく、人が判断しなくてもよい領域を増やし、本当に判断が必要な例外を明確にすることにあります。

1-2. ホワイトカラーには標準化しにくい仕事が残った

ブルーカラーのシステム化と並行して、ホワイトカラーの業務の一部もシステム化が行われてきました。数値や定型データを扱う領域は早くから機械へ移り、経理の伝票処理、給与計算、受発注の記録といった業務は、OA化やERP導入によって、生成AI以前の段階ですでにシステムへ組み込まれています。

システム化が及ばず、人が担ってきたのは、その先にある領域です。メール、会議での発言、契約書、報告書、顧客とのやり取りといった、自然言語による非構造化情報を扱う業務であり、同じ依頼でも、相手、背景、目的によって適切な答えが変わる仕事です。

これらを従来のシステムで処理するには、判断条件をあらかじめ洗い出し、ルールとして記述する必要がありました。しかし、暗黙の前提や例外が多いほど、すべてを定義することは難しくなります。その結果、情報を集める、要点をまとめる、過去の事例と照らす、説明文を作る、判断案を示すといった業務が、「人でなければできない仕事」として残されてきました。

重要なのは、これらが本質的に人間にしかできなかったとは限らないことです。人に任せる方が、業務を完全に定義してシステムを構築するより現実的だった面があります。ホワイトカラーの仕事を守ってきたのは、高度な専門性だけでなく、非構造化情報を扱うためのシステム化コストでもあったのです。

2. 生成AIは、標準化できなかった業務へ入ってきた

2-1. 自然言語のまま業務を扱える意味

AIの進化によって、自動化できる領域は定型的な反復作業だけではなくなりました。OECDは、従来のコンピューターが事前にコード化された環境を必要としたのに対し、AIは非構造化データや非定型的な活動も扱えるようになったと説明しています(出典①原文:”AI technologies are able to work with unstructured environments and data“)。

生成AIは、文章を要約し、複数の資料を比較し、問い合わせへの回答案を作り、条件を踏まえた選択肢を示します。人が日常的に使う言葉で指示できるため、対象業務をすべてプログラムのルールへ置き換えなくても、一定の処理が可能になりました。

従来は、業務を十分に標準化してからでなければ、自動化は難しいものでした。生成AIは、標準化し切れず人に残されてきた業務にも入っていきます。ここに、これまでのシステム導入とは異なる力があります。

もっとも、生成AIが変えているのは標準化の要否ではなく、その重心です。従来のシステムでは、処理手順や判断条件を事前に細かく定義する必要がありました。生成AIは、その定義が完全でなくても一定の処理を行えます。しかし、企業が業務として任せるなら、何を正しい出力とするか、どの程度の誤りを許容するか、どの条件で人へ引き渡すかを定めなければなりません。生成AIによって標準化が不要になるのではなく、処理手順に加えて、目的・品質・例外・責任を標準化することの重要性が高まるのだと考えられます。

2-2. 置き換えられるのは、職業よりも業務である

一方、生成AIによって職業がまるごと消えると考えるのは早計です。一つの職業は、複数の業務、判断、対人関係、そして結果に対する責任から成り立っています。ILO(国際労働機関、International Labour Organization)の調査でも、生成AIの影響は職業全体よりタスク単位で分析され、事務職の露出度が最も高い一方、現時点では職業全体の自動化より、人の仕事を補完する影響の方が大きいとされています(出典②原文:”transformation of jobs is the most likely impact of GenAI”)。

ただし、ここで示された「現時点では補完が中心である」という結果は、あくまで今の観測です。この先も人が担い続けるかどうかは、ここから改めて問い直す必要があります。生成AIが単独で完結できなくても、社内データ、ワークフロー、既存システム、監視機能と組み合わせれば、人が行っていた一連の業務を置き換えられる可能性があります。最初は回答案の作成だけでも、精度と運用設計が整えば、人は全件を処理する担当者から、例外だけを扱う担当者へ移ります。

見るべきなのは、AIがいま人をどれだけ補助しているかという現在地よりも、業務全体を分解したとき、どこまで人への依存をなくせるかという到達点です。

Gartnerも、2029年までにエージェント型AIが一般的な顧客サービス上の問題の80%を、人の介在なしに自律的に解決すると予測しています(出典③原文:”By 2029, agentic AI will autonomously resolve 80% of common customer service issues”)。この予測の対象は顧客サービスに限られますが、AIが回答案を作って人を支援する段階から、問い合わせ対応そのものを完結させる段階へ進む可能性を、具体的な業務領域で示しています。

3. 経営者は「人を支援するAI」の先を見られるか

3-1. 現在の担当者を前提にしない

生成AIは、社員一人ひとりの生産性を高める道具として導入されることが少なくありません。文章作成を速くする、検索時間を減らす、会議の議事録を自動で作るといった具合です。こうした使い方には明確な価値があります。

ただし、現在の担当者にAIを与え、その仕事を速くするだけでは、現在の業務と組織が温存されます。経営者が認識すべきなのは、生成AIには人を補助する力だけでなく、人に依存してきた業務そのものを置き換える力があることです。

この置き換えを難しくしているのは、技術そのものの複雑さだけではないかもしれません。こうした再設計には、AIが何をどこまで担えるかについて、経営者自身が判断材料を持つ必要があります。技術を専門家だけの領域として切り離せば、AIの活用範囲も現在の担当者を支援する延長線上で描かれやすくなります。

そのためには、「この担当者の仕事をどう効率化するか」ではなく、業務が生み出す価値から考え直す必要があります。

  • この業務の出力は、誰にどのような価値を与えているか
  • 必要な入力、判断、出力は何か
  • 平常時の処理と例外時の判断を分けられないか
  • AIとシステムだけで完結できる範囲はどこまでか
  • 人が関与するなら、何を判断し、どの責任を負うのか
  • AIにできることと、AIに任せてよいことを区別できているか

現在の職務分担を前提にせず、価値、業務、責任を先に置き、その後にAI、システム、人の役割を組み直す。この順序が必要になります。

3-2. AI化する前に、なくすべき業務を見極める

業務の置き換えを考える際には、AIだけで安定的に完結できる業務、AIが処理して人が例外を扱う業務、AIが案を示して人が判断する業務、人の関係性や責任そのものに価値がある業務を分ける必要があります。

その前に、そもそも続ける必要があるかも問い直すべきです。読まれない報告書や、形式だけの確認、過去の組織構造を理由に残る引き継ぎをAIで効率化しても、不要な業務を継続するだけです。

IPAが2026年7月に公表した「国内企業のDX動向・AI活用動向」の調査結果では、日本企業のAI活用は「業務効率化・迅速化が中心となっており、企業価値創出への展開は限定的な状況にある」と分析しています(出典④p.1)。効率化が不足しているのではなく、AIによって生まれた余力を経営として何に使うかという問いに、まだ十分に向き合えていないことの表れではないでしょうか。

4. ホワイトカラーは、自らの価値をどこへ移すのか

4-1. 現在の専門性が、そのまま価値であり続けるとは限らない

働く側にも、厳しい問いが向けられます。自分が現在提供している価値は、本当に自分にしか提供できないものなのか。長い経験がある、案件ごとに判断している、相手に合わせて文章を書いているという説明だけでは、代替されない根拠になりにくくなっています。生成AIが入り込みつつあるのは、まさに文章、整理、比較、要約、過去事例に基づく案の作成だからです。

「AIを使える人になればよい」という説明も、次第に説得力を失っていきます。AIの操作は容易になり、業務システムに組み込まれていくからです。プロンプトを書く技術だけでは、長期的な希少性を保ちにくいでしょう。

人が重心を移すべきなのは、何を解くべき問題とするか、相反する価値の間でどう判断するか、結果にどのような責任を負うか、相手との信頼をどう築くかといった領域です。言葉になっていない事情を理解し、組織を動かし、新しい価値を構想することも含まれます。

ただし、これらを「AIにはできない仕事」として固定するのは早計です。AIの能力が変われば、人が担うべき領域も変わるからです。必要なのは、自分の職務を守ることではなく、自分が提供する価値を見直し続けることです。

人が担う領域を決めるのは、AIの能力だけでなく、顧客がどのような関係を求めるかでもあります。Gartnerは、2030年までにB2B購買者の75%が、AIよりも人とのやり取りを重視する購買体験を好むようになると予測しています(出典⑤原文:”75% of B2B buyers will prefer sales experiences that prioritize human interaction over AI”)。AIが情報提供や提案を行えるとしても、重要な意思決定では、相手の事情を理解し、説明し、結果に向き合う人の存在自体が価値になる場合があります。AIに何ができるかだけでなく、顧客が誰との関係を求めるかによっても、人とAIの境界は決まります。

4-2. People Centricは、現在の仕事を残すことではない

ここで、People Centricという考え方が重要になります。人を中心に置くことを、現在の雇用や業務をそのまま守ることと捉えると、AIによる変化を拒む言葉になってしまいます。

しかし、人にとって付加価値を生み出しづらい定型業務や、本来の力を発揮しにくい調整業務をAIへ移し、人がより大きな価値を発揮できる仕事へ移ることも、People Centricの一つの姿です。中心に置くべきなのは「人が行っている仕事」ではなく、人の尊厳、成長、意思、そして価値を発揮できる可能性です。

Gartnerも、「単なる合理化としてではなく、People Centricの原理原則の下」で、働く人の労働負荷を軽減し、人間力を高めるための投資を行うべきだとしています(出典⑥)。効率化の成果だけでなく、AIと人がどう共生するかを問う経営原則としてPeople Centricを位置づける点で、ここまで述べてきた業務再設計の議論と重なります。

総務省・経済産業省の「AI事業者ガイドライン」も、「人間の尊厳が尊重される社会」を基本理念の一つに掲げ、AIを活用することにより、人間が「やりがいのある仕事に従事したりすることで、物質的にも精神的にも豊かな生活を送ることができる」という方向を示しています(出典⑦p.12)。人間中心であることは、AIへの代替を一律に止めることではなく、AIを何のために使い、その結果を人と社会へどう還元するかを問い続けることだと考えられます。

5. People Centricを業務再設計の原則にする

5-1. 変化への適応を個人だけに求めない

ホワイトカラー自身が価値を移していく必要はあります。しかし、「置き換えられない人材になれ」と個人に求めるだけでは、People Centricとはいえません。どの業務をAIへ移し、どの能力を今後必要とし、社員がどの役割へ移れるのかを設計するのは、経営の責任でもあります。

業務の代替を進める一方で、学び直す時間を確保し、新しい役割を言語化することが求められます。AIによる効率化の成果は、仕事の質、働き方、成長機会の改善にも振り向ける必要があります。評価制度も、処理量や成果物の数だけでなく、問題設定、判断、関係構築、価値創出を捉えられるものへ改める必要があります。

OECDの調査では、金融業と製造業でAIを利用する労働者の63%が、AIによって仕事の楽しさが高まったと回答しています。単純な管理業務や退屈な反復作業が減り、顧客や同僚の支援、調査、計画などに時間を振り向けられるようになった事例も報告されています(出典⑧pp.137-138原文:”AI had improved enjoyment either by a little or by a lot”)。一方、AIによって仕事の速度や担当範囲が広がれば、人の負荷がかえって高まる可能性もあります。余力が生まれたはずなのに、より多くの仕事を詰め込むだけになれば、人を中心に置いた変革にはなりません。Gartnerも、AI導入の効果を測る指標を、削減できた時間ではなく、社員が感じる負担や煩雑さの軽減へ移すべきだとしています(出典⑨原文:”saving employees effort, not just time”)。

ここで見落とせない矛盾もあります。前章で見たように、People Centricは現状維持を意味しません。だからこそ注意したいのは、「人を大切にする」という言葉自体が、必要な業務再設計を先送りする口実に転じることです。現場の抵抗への配慮を理由に、AIへ移せる業務をいつまでも人に残せば、それは変化に向き合う責任を先延ばしにしているだけです。

さらに、AIによる業務代替には、現在その業務を担っている人の協力が欠かせません。例外時の判断、顧客ごとの事情、文書化されていない注意点を最もよく知っているのは、現場の担当者だからです。しかし、知識を提供した結果、自分の役割が失われると感じれば、積極的な協力を期待することは難しくなります。経営が新しい役割や移行の道筋を示さないまま、現場に業務の可視化だけを求めることには限界があります。People Centricは、変化を止めるための考え方ではなく、人が変化に参加できる条件を整える考え方でもあります。

5-2. 人とAIの境界は、経営の意思を映す

人とAIの役割分担に、唯一の正解はありません。同じ技術を使っても、人を減らす企業、人の担当範囲を広げる企業、顧客への価値を高める企業、働く時間を減らす企業が現れます。

技術は自動的にPeople Centricな組織をつくりません。AIによって生まれた人的余力を、顧客との関係、新しい価値の創出、複雑な問題の解決へ振り向けるのか、それとも単純にコストとして削るだけなのか——その意思決定にこそ、企業が人をどう見ているかが表れます。AIによるコスト削減は競合企業にも可能であり、そこから生まれた経営資源をどこへ再配置するかに、戦略の違いが表れます。

その際、新しい役割を経営が一方的に決めて配置するだけでは、人を中心に置いたとはいいにくいでしょう。業務を最もよく知る社員自身が、どの業務をAIへ移し、そこで生まれた余力をどのような価値へ振り向けるかという設計に参加できるようにすることが望まれます。People Centricには、変化から人を守るだけでなく、人を変化の主体として扱うことも含まれます。

人間尊重とは、AIに置き換えられる業務をそのまま人に残すことではなく、置き換えによって生まれる変化を直視し、人が新しい価値へ移れるようにすることです。そして、効率化の成果を企業だけでなく、顧客、社員、社会へどう還元するかを設計することです。People Centricは、AI導入への歯止めではなく、AIを使って何を実現するかを定める経営原則として捉えるべきではないでしょうか。

結び

ブルーカラーの業務で進められてきた標準化と自動化は、生成AIによってホワイトカラーの領域へ広がりつつあります。これまで人に残されてきた仕事の中には、人間にしかできなかったものだけでなく、システム化するには複雑で、コストが合わなかったものも含まれていました。その前提は変わり始めています。

経営者には、人を支援する道具としてだけでなく、人への依存をなくし得る力としてAIを捉え、業務を設計し直す視点が求められます。働く側にも、現在の職務を自分の価値と同一視せず、AIによって変わる境界に合わせて、価値を発揮する場所を移していく姿勢が必要になります。

その変化は、人を周縁へ追いやるとは限りません。人が担わなくてもよい仕事を手放したあとに、どのような仕事をつくり、どのように人の成長と尊厳を支えるか。生成AIの進化は、効率化の可能性とともに、企業におけるPeople Centricの意味を、これまで以上に具体的な経営課題へ変えようとしています。

執筆者プロフィール

粕谷英雄
サマーオーシャンコンサルティング

ソフトウェア開発、情報システム刷新、DX推進などの実務知見をもとに、デジタル化に関する意思決定を支援。デジタルを経営に活かすための視点や推進の考え方を整理して発信しています。