令和8年度税制改正大綱(以下「大綱」)の解説シリーズもいよいよ最終回です。前回までの7回で、基礎控除の引上げ、NISA拡充、自動車関係諸税、住宅ローン控除、中小企業向け改正、消費税・電子商取引、そして高所得者課税の強化と、大綱の主要テーマを読み解いてきました。
本稿では、これまで個別に取り上げてこなかった領域--教育資金一括贈与に係る贈与税非課税措置の廃止と相続税評価の適正化(資産課税)、防衛財源確保のための税制措置(防衛特別所得税の創設)、国際課税の整備(グローバル・ミニマム課税・外国子会社合算税制)、納税環境のデジタル化、そして関税改正と「検討事項」--を横断的に取り上げます。
個別の改正項目を並列に解説するだけでなく、大綱が全体として何を意図しているのかという問いに引き戻しながら、この改正の設計思想を読み解くことを本稿の目的とします。
- 自由民主党「「強い経済」への決断と実行令和8年度与党税制改正大綱を決定」
- 自由民主党・日本維新の会「令和8年度税制改正大綱」
- 令和8年度税制改正大綱を通して理解したい方
- 教育資金贈与の非課税措置を活用していた、または活用を検討していた方
- 相続・贈与を巡る税務の動向に関心がある方
- 防衛増税の仕組みと家計への影響を確認したい方
- グローバル・ミニマム課税など国際課税の考え方を知りたい方
- 青色申告を行う個人事業主・フリーランスの方
- 教育資金一括贈与の非課税措置が令和8年3月31日をもって廃止され、その税収は高校教育等の振興方策の財源に充てられる
- 貸付用不動産の相続税評価について「5年以内取得」の時価評価が義務化され、市場価格との乖離を利用した節税スキームへの歯止めとなる
- 防衛特別所得税(税率1%)が令和9年から課される一方、復興特別所得税は1.1%に引き下げられ、付加税率の合計は2.1%で変わらず、足下の家計負担増を避ける設計となっている
- グローバル・ミニマム課税(第2の柱)については、各国税制との共存を巡る国際的な議論が継続しており、令和8年度は技術的整備にとどまる
- 青色申告特別控除がe-Tax利用・電子帳簿要件に応じて65万円・75万円に段階的に拡充される
- 令和8年度税制改正大綱が公表されました!!主要なポイントを確認しておきましょう!!
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- 【令和8年度税制改正大綱⑤】中小企業向け改正を読む – 防衛的賃上げへの配慮と事業承継・設備投資制度の再設計
- 【令和8年度税制改正大綱⑥】消費税改正を読む – 越境EC課税強化・インボイス経過措置の再設計と関連改正の論理
- 【令和8年度税制改正大綱⑦】高所得者課税の強化が問い直す「垂直的公平」の本質
- 【令和8年度税制改正大綱⑧】その他の改正方針を読む – 資産課税・防衛財源・国際課税・納税環境整備の論理
1. 大綱の「その他」を読む視座
1-1. シリーズを通じて見えてきた改正の三本柱
7回にわたって大綱を読んできたとき、令和8年度改正には大きく3つの軸があることが浮かび上がります。
第一の軸は「物価高への対応」です。基礎控除・給与所得控除の引上げ(第1回)、住宅ローン控除の拡充(第4回)、中小企業の賃上げ支援(第5回)は、いずれもこの文脈に位置づけられます。
第二の軸は「強い経済の実現」です。NISA拡充(第2回)、設備投資促進税制・研究開発税制の拡充(第5回)、消費税の電子商取引課税の公平化(第6回)、そして本稿で取り上げる国際課税の整備がここに含まれます。自動車関係諸税の見直し(第3回)も、わが国の自動車産業の競争力維持とマルチパスウェイ戦略という産業政策の観点からこの軸に位置づけられますが、同時に国・地方の安定財源確保やカーボンニュートラル目標との調整という「公平性の確保」にも関わる複合的なテーマです。
第三の軸は「公平性の確保」です。高所得者課税の強化(第7回)、本稿で取り上げる教育資金贈与の廃止・相続税評価の適正化・防衛財源の設計がこれにあたります。
大綱の冒頭が述べる「責任ある積極財政」(大綱p.3)とは、この三軸を同時に追求しながら財政規律への配慮も忘れないという立場です。「恒久政策には安定財源」(大綱p.1)という思想が、本稿で取り上げる各テーマにも色濃く反映されています。
1-2. 「その他」という枠組みの意味
今回取り上げる改正項目は、大綱の目次上では「資産課税」「国際課税」「防衛力強化に係る財源確保のための税制措置」「納税環境整備」「関税」「検討事項」に散在しています(大綱pp.65, 132, 136, 137, 149, 150)。
これらは一見、ばらばらに見えます。しかし読み解くと、共通する論理が浮かび上がります。それは「租税回避への対応」と「安定財源の確保」という共通の問題意識です。贈与税非課税措置の廃止は租税特別措置の「適正化」であり、相続税評価の適正化は節税スキームへの対処です。防衛特別所得税の創設は財源の恒久化への第一歩であり、国際課税の整備は国際的な租税回避への対応です。これらは、同じ問いへの異なる回答として並んでいます。
本稿では、この視点から、資産課税、防衛財源、国際課税、納税環境整備、関税、検討事項を順に確認していきます。
2. 資産課税の再設計--教育資金贈与の廃止と相続税評価の適正化
2-1. 教育資金一括贈与の非課税措置廃止:何が終わり、何が始まるのか
教育資金の一括贈与に係る贈与税の非課税措置(以下「教育資金非課税措置」)は、祖父母等から孫等への教育資金を一括して信託等により拠出した場合に、受贈者1人につき最大1,500万円(学校等以外の者に支払われるものは500万円)まで贈与税が非課税となる制度です。平成25年度税制改正で創設されて以来、10年以上にわたって延長が繰り返されてきました。制度の仕組みや廃止の背景については、下記関連記事でも取り上げていますので、あわせてご参照ください。
大綱p.65(第二・二・1「教育資金の一括贈与に係る贈与税の非課税措置」)は、この措置を「令和8年3月31日までとされている教育資金管理契約に基づく信託等可能期間を延長せずに終了することとし、同日までに拠出された金銭等については、引き続き本措置を適用できることとする」と定めています。
この廃止は、大綱第一・7(p.30「揮発油税等の当分の間税率廃止及びいわゆる教育無償化に係る財源確保」)の文脈と直結しています。大綱は「教育資金一括贈与に係る贈与税非課税措置の廃止」を財源確保策の一つとして明示しており(大綱p.30)、廃止によって得られた税収は「高校教育等の振興方策の財源に充てる」と明記されています(大綱p.30注②)。なお、大綱は賃上げ促進税制の見直し・高所得者負担の適正化・本措置の廃止等を組み合わせて約1.2兆円(平年度ベース)の財源を確保するとしており(大綱p.30)、教育資金贈与廃止はその中の一措置という位置づけです。
第2回「NISA制度の改正」の記事でも触れた通り、この廃止には複数の論理が重なっています。第一に、富裕層優遇という批判への応答です。一括贈与による節税は、まとまった金融資産を持つ家庭ほど活用しやすく、相続税の実質的な圧縮手段として機能してきた側面がありました。第二に、教育費支援の手段として高校無償化・給付型奨学金等の代替制度が充実してきたことで、税制上の優遇措置の必要性が相対的に低下したという判断です。第三に、平成25年以来の延長を繰り返してきた「時限措置」を本当の意味で終わらせるという、租税特別措置の整理という文脈です。
実務上は、令和8年3月31日以前に拠出済みの金額については引き続き適用が可能である一方、信託口座の残高管理と払出条件の確認が今後の課題となります。
2-2. 相続税財産評価の適正化:「路線価節税」スキームへの対処
相続税の財産評価については、「相続税法の時価主義の下、貸付用不動産の市場価格と相続税評価額との乖離」に対応するため、大綱p.82(第二・二・2(地方税)(4)「相続税等の財産評価の適正化」)において重要な改正が盛り込まれました。
この改正の背景には、路線価(国税庁が毎年公表)と市場価格との乖離を利用して高額不動産を購入し、相続税評価額を大幅に圧縮するスキームへの対処があります。貸付用不動産の場合、路線価ベースの評価にさらに借家権割合による減額が適用されるため、市場価格の50〜60%程度の評価額になるケースが生じます。こうした市場価格と相続税評価額の乖離を利用した相続税圧縮スキーム(いわゆる「タワマン節税」を含む)は、富裕層の間で広く活用されてきました。令和4年4月19日の最高裁判決(最高裁判所第三小法廷)は、評価通達の「総則6項」(著しく不適当と認められる場合の別段評価)を適用して市場価格で課税した国税当局の判断を是認しており、今回の大綱はこの司法判断の流れを受けて、通達レベルから規則上の根拠として評価方法を明確化するものです。
具体的な措置は2点で、それぞれ異なる回避経路を封じる補完的な設計になっています。
第一に、「被相続人等が課税時期前5年以内に対価を伴う取引により取得又は新築をした一定の貸付用不動産については、課税時期における通常の取引価額に相当する金額によって評価する」(大綱p.82)とされました。評価の安全策として、取得価額を基に地価変動等を考慮した金額の80%相当を用いることも認められます(大綱p.82注)。これは、相続が近い時期に多額の借入をして高額不動産を購入し、市場価格と通達評価額の乖離を意図的に作り出して相続税を圧縮するスキームへの対策です。課税時期前5年以内の取得であれば時価評価が義務付けられ、短期間での節税目的の購入が封じられます。なお、取得から5年を超えた不動産については引き続き通達評価が適用されます。
第二に、「不動産特定共同事業契約又は信託受益権に係る金融商品取引契約のうち一定のものに基づく権利の目的となっている貸付用不動産については、その取得の時期にかかわらず、課税時期における通常の取引価額に相当する金額によって評価する」(大綱p.82)とされました。不動産ファンドやSPCへの出資持分・信託受益権という形で不動産を間接保有する場合、不動産を「直接取得した」とは言えないため、第一の措置の5年ルールが適用されない余地がありました。第二の措置はこの構造的な回避経路を、取得時期を問わず封じるものです。
この改正は令和9年1月1日以後の相続等に係る財産の評価に適用されます(大綱p.82注)。
3. 防衛財源の設計--防衛特別所得税の創設と復興特別所得税の組み替え
3-1. 令和5年度大綱からの経緯
防衛力強化のための財源確保については、令和5年度税制改正大綱において基本方針が示されました。法人税・たばこ税・所得税の3税目を財源とする方針が打ち出されましたが、このうち所得税については「適切な時期」に実施するとして先送りされてきました。
令和8年度改正において、所得税に係る措置がいよいよ具体化されました。大綱p.136(第二・六「防衛力強化に係る財源確保のための税制措置」)の規定を整理します。
- 納税義務者:所得税の納税義務者(源泉徴収義務者を含む)
- 税額の計算:その年分の基準所得税額に1%の税率を乗じた金額
- 課税期間:令和9年以後の当分の間
- 税率:2.1%から1.1%へ引き下げ
- 課税期間:令和19年まで(現行)から令和29年まで(10年延長)
大綱第一・6(p.29)が述べているように、この設計の根拠は「現下の家計を取り巻く状況に配慮し、足下で家計負担が増加しないよう」するとともに、「復興財源の総額を確実に確保する」ことにあります。
3-2. 「組み替え」の論理と家計への実質的影響
現行制度では「基準所得税額×2.1%」が復興特別所得税として課されています。令和9年以後は「基準所得税額×1.1%(復興特別)+基準所得税額×1%(防衛特別)」という構成に組み替えられます。令和9年以後の付加税率の合計は2.1%で変わらず、足下の家計負担増は避ける設計となっています。
| 項目 | 令和8年まで | 令和9年以降 |
|---|---|---|
| 復興特別所得税 | 2.1% | 1.1% |
| 防衛特別所得税 | なし | 1.0% |
| 合計付加税率 | 2.1% | 2.1% |
| 復興特別所得税の終期 | 令和19年 | 令和29年 |
この「組み替え」の論理は政策設計として注目に値します。復興特別所得税は令和19年(2037年)までの時限措置でしたが、防衛財源を確保するためにその課税期間を10年延長します。その代わり、税率を1%引き下げることで、新設する防衛特別所得税(1%)の家計負担を打ち消す形にしています。
大綱は「令和8年度税制改正後も、東日本大震災からの復旧・復興に要する財源については、引き続き責任を持って確保する」(大綱p.136)と明記しており、復興財源の総額は変わらないことが強調されています。財源の名目を組み替えることで、家計への説明責任と財政規律を両立させるという設計であり、「恒久政策には安定財源」という大綱の基本姿勢の具体的な実践といえます。
源泉徴収の実務上、防衛特別所得税の申告・納付等の手続きは復興特別所得税と同様とされており(大綱p.136)、事業者側の事務的負担の大幅な増加は想定されていません。
4. 国際課税の整備--グローバル・ミニマム課税と外国子会社合算税制
4-1. BEPSプロジェクトと「2本の柱」の全体像
国際課税改革の背景として、OECD(経済協力開発機構)が主導する「BEPS(Base Erosion and Profit Shifting:税源浸食と利益移転)プロジェクト」があります。多国籍企業がタックスヘイブン(低税率国)を利用して利益を移転し、各国の税収を侵食する問題に対処するため、2015年以降OECDは「2本の柱(Two Pillars)」と呼ばれる包括的な解決策を策定してきました。
「第1の柱」は、巨大デジタル企業等を対象に市場国(消費者が所在する国)への課税権を新たに配分するものです。「第2の柱」はグローバル・ミニマム課税(最低税率15%)の確立を目指すものです。日本は令和5年度税制改正で「第2の柱」に係る国際最低課税額に対する法人税(トップアップ税)を創設し、令和6年4月1日以後に開始する対象会計年度から適用されています。
大綱第一・4・(6)(pp.24-25「国際課税(経済のグローバル化・デジタル化への対応)」)は、この領域の現状と方針を整理しています。「第2の柱」については、「グローバル・ミニマム課税と米国をはじめとする一定の要件を満たす国の税制との共存等に係る国際的な議論が継続している状況にあり、近く国際合意に至る場合には当該合意に則り早急に見直しを検討する等、議論の状況を踏まえて今後対応を検討する」(大綱p.24)とされています。
大綱が「共存問題」として参照しているのは、主要国の税制との整合性を巡る国際議論の現状です。OECDは令和7年(2025年)1月時点の公表資料においても、グローバル・ミニマム課税の普及状況をフォローアップしつつ、各国の国内法対応のばらつきが課題として残ることを指摘しています。大綱が「議論の状況を踏まえて今後対応を検討する」という留保を置いた背景には、こうした国際的な不確実性があります。
「第1の柱」については、多数国間条約の早期署名に向けた国際議論への貢献を継続しつつ、市場国として新たに配分される課税権に係る課税のあり方、地方公共団体への課税権付与の問題等について検討するとされています(大綱p.25)。
4-2. 令和8年度の具体的改正:技術的整備と外国子会社合算税制の見直し
令和8年度の「第2の柱」に関する具体的な改正は、「制度の明確化等の観点から所要の見直しを行う」(大綱p.24)という位置づけです。大綱p.132(第二・五・1「グローバル・ミニマム課税への対応」)では、移行対象会計年度前の繰延税金資産・負債に関する調整後対象租税額の計算方法について、一定の繰延税金資産等はないものとして計算する旨の技術的整備が行われました。
グローバル・ミニマム課税では国別の実効税率(ETR)を計算してトップアップ税の要否を判定しますが、制度合意前後に政府との取り決めや外国税法改正を通じて積み上げられた繰延税金資産・負債がETR計算に混入すると、実態より高い税率に見せる歪みが生じます。この措置はそうした移行期の歪みを排除し、実態に即したETRで判定できるようにするものです。
外国子会社合算税制(タックスヘイブン対策税制)については、大綱pp.132-134(第二・五・2「外国子会社合算税制等の見直し」)において以下の点が改正されます。
第一に、「解散した部分対象外国関係会社又は外国金融子会社等に係る特例の創設」です(大綱p.132)。合算課税の対象となっている外国子会社を解散・清算することで「対象外」の状態を作り出し、清算期間中に留保所得を親会社へ還流させて課税を免れるスキームへの対処です。外国子会社が解散した場合にも、解散前の一定期間(1〜2年以内)に対象会社であったものについては原則3年間は引き続き合算税制を適用し続けることで、この出口を塞ぎます。
第二に、「ペーパー・カンパニー特例」の整備です(大綱p.133)。ペーパー・カンパニーの判定には「総資産に占める受動的資産の割合」という計算式が用いられますが、タックスヘイブンの子会社に親会社からの借入金と同額の現金を移転させて総資産をゼロ近くに保つことで、計算式が成立しない状態を作り出し判定を免れるスキームへの対処です。総資産額がゼロの外国関係会社については割合計算を行わずに自動的にペーパー・カンパニーと認定することで、負債で資産を相殺して計算を無効化する手法を封じます。これらの改正は、令和8年4月1日以後に開始する事業年度から適用されます(大綱p.134)。
こうした外国子会社合算税制の見直しは、「第2の柱」の導入後も「外国子会社を通じた租税回避を抑制するための措置としてその重要性は変わらない」(大綱p.24)という認識の下で、継続的に精緻化が図られています。
5. 納税環境のデジタル化--青色申告特別控除の拡充と犯則調査手続の整備
5-1. 青色申告特別控除の3段階再設計:電子帳簿保存とe-Taxの活用促進
大綱p.55(第二・一(個人所得課税)・(3)「青色申告特別控除」)では、個人事業主に適用される青色申告特別控除の大幅な見直しが盛り込まれました。この改正は令和9年分以後の所得税について適用されます(大綱p.55注)。
現行制度では、青色申告特別控除額は最大65万円(e-Taxまたは電子帳簿保存が要件)、または55万円(書面申告の場合)、または10万円という構造です。今回の改正後は以下のように再設計されます。
| 要件 | 現行控除額 | 改正後控除額 |
|---|---|---|
| e-Taxによる電子申告(貸借対照表等の電子提出) | 55万円 | 65万円 |
| 上記+電子帳簿保存(一定要件を満たすもの) | 65万円 | 75万円 |
| 簡易簿記(収入1,000万円以下の小規模事業者等) | 10万円 | 10万円(一部対象外化) |
特に注目すべきは、最上位の控除額が65万円から75万円に引き上げられる点と、「10万円控除の対象者縮小」(大綱p.55)が同時に行われる点です。不動産所得・事業所得の収入金額が前々年で1,000万円超の事業者については、10万円控除の適用対象から除外されます。これは一定規模以上の事業者に対して、より厳格な複式簿記・電子申告への移行を促す措置です。
大綱が述べる「取引から会計・税務までシームレスにデジタルデータで処理される仕組みや、トレーサビリティが確保された帳簿書類の利用は、適正な申告を確保する観点から有益である」(大綱p.24)という政策ビジョンは、クラウド会計と電子申告の一体的普及を前提としています。青色申告特別控除の拡充は、納税者にとっての直接的な節税メリットと、行政にとっての申告データ収集・検証の効率化とが結びついた、双方向的な政策です。
5-2. 国税犯則調査手続のデジタル化:電磁的記録提供命令の新設
大綱pp.137-141(第二・七・1「国税犯則調査手続等の見直し」)では、国税当局の調査手続をデジタル化するための大幅な整備が盛り込まれました。この改正は令和9年10月1日から施行されます(大綱p.140)。
主な改正内容は以下のとおりです。
第一に、「電磁的記録提供命令」の新設です(大綱p.137)。国税査察官等が、裁判官の許可状により、電磁的記録を保管する者等に対して記録の提供を命ずることができる新たな手続きを整備します。従来の「記録命令付差押え」はこれに伴い廃止されます(大綱p.140)。
第二に、「許可状等の電子化」です(大綱pp.138-139)。捜索令状(許可状)や各種調書について、書面によるほか電磁的記録による作成・提供が可能になります。
これらの改正は、令和5年の刑事訴訟法改正(刑事手続のデジタル化)との整合を図るものです。税務調査における証拠収集の効率化と、クラウド上のデータを含むデジタル情報への対応力強化が目的とされています。
なお、大綱p.140は「デジタル社会において個人情報の保護がより重要となっていることに鑑み、できる限り犯則事件等と関連性を有しない個人情報を取得することとならないよう、特に留意しなければならない」と注記しており、権限強化と個人情報保護のバランスへの配慮が示されています。
6. 関税改正と「検討事項」が示す将来課題
6-1. 関税改正:少額輸入貨物・不当廉売への対応
大綱p.149(第二・八「関税」)では、主に3つの改正が盛り込まれています。
少額輸入貨物の6割特例廃止:現行の「個人使用貨物に限り課税価格を海外小売価格の6割にする特例」が廃止されます(大綱p.149)。この措置は、第6回(消費税・電子商取引)で扱ったプラットフォーム課税と同じ文脈にあります。大綱p.19は廃止理由として「立法趣旨の消失・変容」「国外事業者と国内事業者の競争上の不均衡」「本特例の不正利用事例」の3点を挙げており、国内事業者と海外事業者の税制上の非対称性を是正するという「公平な競争環境の整備」が目的です。
不当廉売関税に係る迂回防止制度の創設:いわゆるダンピング(不当廉売)に対抗して発動される「不当廉売関税」について、供給国や品目を変えることで課税を免れる「迂回輸入」に対処する制度が新設されます(大綱p.149)。大綱では「不当廉売関税に係る迂回防止制度を創設し、不公正な貿易に対する措置の実効性と抑止力を高める体制の構築を行う」(大綱p.2)と明記されており、不公正な貿易慣行への対処という観点から制度の実効性を強化するものです。
保税業者の業務改善命令等の創設:保税地域において外国貨物の蔵置・加工等を行う許可業者(保税業者)の適正な業務運営を確保するため、業務改善命令等が創設されます(大綱p.149)。これも急増する国際物流の適正化を意識した措置です。
6-2. 「検討事項」が告げる次の改正の予告
大綱p.150(第三「検討事項」)に列挙された事項は、今回の改正では結論が出ず、今後の議論に委ねられた論点です。主要なものを整理します。
年金課税のあり方(検討事項1):少子高齢化の進展に伴い、公的年金・企業年金を含む「拠出・運用・給付を通じた課税のあり方を総合的に検討する」とされています。現在の年金受給者と給与所得者・資産所得者との課税バランスは、高齢化が進むにつれてより大きな政治的課題となることが予想されます。
小規模企業等の税制(検討事項3):個人事業主・給与所得者・同族会社との課税バランスの見直しが引き続き課題とされており、「給与所得控除などの所得の種類に応じた控除と人的控除のあり方を全体として見直すことを含め、所得税・法人税を通じて総合的に検討を進める」と示されています。将来の大規模な税制再設計を示唆するものです。
デリバティブ等の金融所得課税の一体化(検討事項2):第7回で取り上げた高所得者課税の強化や金融所得課税の議論と連動する項目です。意図的な租税回避行為の防止策を含め、総合的な検討が続けられます。
これらの「検討事項」は、令和8年度改正が「終点」ではなく「途中経過」であることを示しています。今後も継続的な税制改正が見込まれるため、個人・企業ともに動向の注視が必要です。
まとめ
令和8年度税制改正大綱の解説シリーズ、全8回を通じてその全体像を読み解いてきました。本稿で扱った「その他の改正方針」を振り返ると、それぞれの改正が独立した個別措置に見えながら、実は共通の問題意識に貫かれていることが確認できます。
教育資金贈与の廃止は、相続税・贈与税を巡る「富の集中」と「公平性」の問題に決着をつけるものです。延長を繰り返してきた時限措置を終わらせ、その財源を教育無償化に振り向けるという設計には、税制上の優遇から普遍的な公的サービスへという方向転換が読み取れます。
防衛特別所得税の創設は、復興特別所得税との「組み替え」によって家計負担を中立に保ちながら、防衛財源という新たな用途を盛り込んだ設計です。「恒久政策には安定財源」という原則を、具体的な財政的文脈で実践した事例といえます。
国際課税の整備は、OECDが主導するBEPSプロジェクトへの対応として、米国との国際的緊張関係も踏まえながら段階的に制度を精緻化するという日本の姿勢を示すものです。
納税環境のデジタル化は、青色申告特別控除の拡充という「飴」と、記帳水準の向上・電子申告の普及という行政目的とが結びついた、双方向的な政策です。
大綱が冒頭で述べる「責任ある積極財政」という言葉は、矛盾した方向性の妥協産物のように見えることもあります。しかし8回にわたって読み解いてきた改正の全体像を眺めると、それがある程度の内的整合性を持った設計であることが伝わってきます。今後も改正の動向を継続的に観察し、ご自身の判断の材料として活用していただければ幸いです。
粕谷英雄
サマーオーシャンコンサルティング
1級ファイナンシャル・プランニング技能士、CFP®認定者としての知見をもとに、お金に関する意思決定を支援。制度の仕組みや背景、資産形成の考え方を整理して発信しています。



