デジタル化の必要性が広く共有されるようになった今、多くの企業ではDX推進組織や専門部署が整えられています。にもかかわらず、変革を継続的に生み出せる組織は多くありません。個々の施策は動いていても、全体としての方向性が揺らぎ、意思決定が噛み合わなくなっていく場面は少なくないはずです。

問題は、意欲や掛け声の不足だけではありません。組織のどこにどのような理解が欠けると、意思決定は壊れていくのか。本稿では、デジタル化時代の組織が抱えやすい構造問題を整理しながら、変革を支える土台について考えます。

本稿で問いかけること
  • なぜDX推進の体制を整えても、変革が続かないのか
  • 人材不足という説明では捉えきれない構造問題はどこにあるのか
  • デジタルを起点とした意思決定に必要な素養は、誰に求められるのか
  • 中間管理職やIT部門のあり方は、なぜ変革の成否に大きく関わるのか
  • 実行力のある組織を育てるには、どのような視点が必要なのか

1. DX推進が機能しないのは、人が足りないからだけではない

DX推進が進まない理由として、しばしば「DX人材の不足」が挙げられます。この診断は、完全に誤りだとは思いません。実際、変革を担える人材が十分に育っていない企業は多いでしょう。ただし、この言い方には、問題の所在を少しずらしてしまう危うさもあります。

多くの企業が実際に行っているのは、「それなりにITがわかりそうな人材」を推進部隊に組み込むことです。あるいは、既存のIT部門にDXというラベルを貼り直し、看板だけを掛け替えることかもしれません。

ここでいう「それなりにITがわかりそうな人材」とは、たとえばシステム導入の経験がある人、ベンダーとのやり取りに慣れている人、業務フローを整理できる人、あるいは情報システム部門で一定の実務を担ってきた人たちです。もちろん、こうした人材は企業にとって重要です。しかし、ITの知識があることと、デジタルのパワーを戦略的に理解していることは、同じではありません。システムやツールに詳しいことと、デジタルを起点に事業や組織の変え方を構想できることの間には、はっきりとした隔たりがあります。その意味で、問題は個々の人材の能力不足というより、そうした実務人材に対して、構想や変革まで一足飛びに担わせようとする役割設定の側にもあるのだと思います。

「DX人材はIT人材とは異なる」という説明は、一定の意味では正しいと思います。変革を担う人材には、技術知識だけでなく、事業理解や構想力、組織を動かす力も必要だからです。ただし、その定義が「ITをわかっている人材では不十分だ」という話にとどまらず、デジタルに対する基礎理解の不足そのものから目を逸らす方向に使われると、議論は曖昧になります。

人材定義を精緻にすること自体は悪くありません。ただ、その精緻化が、構造改革の先送りに使われていないかは自問する必要があります。必要なのは新しい肩書の人材を探すことだけではなく、組織の中で誰がどの水準までデジタルを理解し、どこで意思決定に関わるのかを問い直すことではないでしょうか。

デジタルを起点とした意思決定には、少なくともデジタルの持つ力を理解していることが前提になります。柔軟性、拡張性、そしてAIによる再構成可能性です。こうした特性を理解していなければ、現場改善の延長は描けても、事業や組織の変え方までは構想できません。改善を主導することと、変革を主導することは、似ているようで異なります。

この点は、以前の記事「DXはデジタライゼーションの延長線上にない」で触れた論点ともつながります。変革は、既存業務の効率化を積み重ねた先に自動的に現れるものではなく、目的から逆算して設計されるべきものだからです。

2. 組織の中間層に理解が届かないと、意思決定は途中で崩れる

変革が難しい理由として、経営層と現場の間にある中間層の問題は見落とせません。多くの日本企業では、既存事業を安定的に運営する力が評価され、その文脈に適応した人材が中間管理職として登用されてきました。これは従来の経営において自然なことですが、デジタル化時代には別の課題を生みます。

変革に必要な提案は、しばしば既存の前提を問い直します。業務の流れ、部門の境界、評価基準、情報の持ち方、顧客接点の設計などに手を入れる必要が出てきます。しかし、その意味を受け止める側にデジタルの基礎理解がなければ、提案は「よく分からない新しい話」として処理されやすくなります。

さらに、そうした素養がないまま中間管理職がDX推進部隊を統括しようとすると、現場と経営のあいだに埋めがたい断絶が生まれます。現場で起きている変化の意味は経営に届かず、経営が求める変革の方向性も現場には翻訳されません。その結果、DX推進部隊は両者をつなぐ役割を果たせなくなり、組織の中で孤立しやすくなります。

たとえば、クラウドを前提に設計すれば、初期構成を固定せずに事業に合わせて機能を拡張していけることがあります。AIを組み込めば、業務の手順そのものではなく、判断の仕方や顧客対応の設計を見直せるかもしれません。しかし、それを「単なるIT導入」としか見られなければ、意思決定はどうしても小さくまとまります。

ここで必要なのは、管理職全員がコーディングできるようになることではありません。そうではなく、クラウド、AI、ネットワーク、セキュリティといった基本を理解し、それが事業にどう影響するかを考えられる状態です。デジタルリテラシーは、一部の専門家だけに求められるものではなく、意思決定に関与するすべての層に必要な前提になりつつあります。

もしこの層のリスキリングを怠れば、どれほど優秀な若手や外部採用者を入れても、組織としての翻訳機能が働きません。言語化された提案があっても、その背景にある構造を理解できなければ、判断は保留され、修正され、やがて意欲のある人ほど離れていきます。意思決定が壊れるのは、対立が激しいからではなく、意味が接続されないまま止まるからです。

DX推進部隊の問題に見えているものの多くは、実際にはその上位にある理解と統括の問題なのかもしれません。

3. IT部門が「管理」だけにとどまると、変革の起点を持てなくなる

もう一つの構造問題は、企業のIT部門そのものにあります。多くの企業では、IT部門がシステムの実装主体ではなく、外部ベンダーやSIerを管理する役割に寄ってきました。その結果、自社の中にソフトウェアを構想し、試し、育てる力が蓄積しにくくなっています。

Microsoft の CEO である Satya Nadella が述べたように、いまや「every company is a software company」という認識は、一部のIT企業だけに当てはまるものではありません。どの業種であっても、顧客接点や業務設計、意思決定の仕組みそのものがソフトウェアと深く結びついています。だからこそ、それを自社の中で構想し、育てる力を持てるかどうかが、変革の土台に関わってきます。

もちろん、外部活用そのものが悪いわけではありません。専門性の高い領域で外部の力を借りることは合理的です。ただし、自社の事業に深く関わる中核部分まで外部に委ね、自社側には要件整理と進行管理しか残らない構造になると、変革の起点は弱くなります。

なぜなら、デジタルを起点とした戦略は、技術の制約と可能性を往復しながら磨かれるものだからです。事業側が描くストーリーと、システム側が持つ実現可能性を何度も往復してはじめて、実行設計に落ちていきます。この往復が社内に存在しなければ、構想は抽象論に終わり、要件は委託用の仕様書に変わり、結果として「想定どおりだが変革にはつながらないもの」が出来上がりやすくなります。

この問題は、「要件定義を丸投げしてはいけない」で扱った論点とも重なります。意思決定の所在を外に預ければ預けるほど、組織は自分たちで考える力を失いやすくなるからです。

本来、企業は自社の中に、事業と技術の両方を見ながら考えられる人材を持つ必要があります。時間はかかっても、自社にソフトウェア開発者を配置し、広い視野を持ったエンジニアとして育て、事業貢献のストーリーとの整合を考えさせることが重要です。開発のすべてを内製化する必要はありませんが、少なくとも中核を理解し、方向を決め、試作し、判断できる力は、組織の内側に持っておくべきでしょう。

4. 壊れた意思決定を立て直すには、役割ではなく素養を組み直す

意思決定が壊れるとき、企業はしばしば組織図を見直します。新しい部署をつくり、責任者を置き、会議体を増やします。しかし、構造問題の多くは役割の不足ではなく、素養の断絶から生まれています。

経営層には、デジタルの力を戦略の起点として捉える視点が必要です。中間管理職には、それを既存業務の文脈に翻訳し、現場との接続を設計する力が必要です。IT部門や開発人材には、技術を事業に結びつけるストーリーを描く力が求められます。どこか一層だけが理解していても、意思決定は持続しません。

以前の記事「デジタルのパワーを認識し戦略の起点に置く」で述べたように、デジタルは単なる効率化の手段ではなく、戦略そのものの組み立て方を変える力を持っています。だからこそ、それを理解する素養は一部の専門部署の専有物であってはならないのです。

また、こうした素養を組織内に根づかせるには、単発の研修だけでは足りません。目の前の案件をどう整理し、何を前提にし、どの言葉で議論するかという日常の積み重ねが必要です。言語化の精度が低ければ、構想も評価も曖昧になります。組織が同じ方向を向くためには、考えていることを互いに通じる形に整える作業が欠かせません。

変革を担う組織をつくるとは、特別な肩書の人を集めることではなく、意思決定に関わる各層の素養と接続を組み直すことなのだと思います。

結び

デジタル化時代の意思決定が難しいのは、変化が速いからだけではありません。変化を受け止め、意味づけし、組織の中で接続していくための土台が、思っている以上に脆いからです。

体制を整えること、人を集めること、外部の知見を借りることは、いずれも必要でしょう。ただ、その前後にあるはずの「何を理解し、どこで判断し、どうつなぐか」という設計が曖昧なままでは、意思決定は少しずつ壊れていきます。

変革を支える組織は、掛け声だけでは育ちません。時間をかけてでも、素養を育て、言葉を揃え、技術と事業を往復できる状態をつくること。その地道な準備が、後から効いてくるのだと思います。

執筆者プロフィール

総合電機メーカーでソフトウェア技師長、商品統括部長等を歴任、イノベーション創出のための戦略立案から実装まで幅広く経験。エンジニアリング会社ではICTセンター長、DX本部副本部長を歴任し、レガシー脱却やAI導入など、IT・DX戦略の企画・推進を実践。

デジタル化における意思決定の質を高めるための思考方法を探求している。