ビジネスにおける意思決定は、日々無数に積み重なっていきます。新規プロジェクトの採否、投資の優先順位、組織の再編。それぞれには根拠があり、合理性があると考えられています。しかし、個々の判断が正しく見えても、全体として一貫したストーリーを描いているかは、意外なほど見過ごされています。

局所最適を追い、短期的な成果を求めるうちに、企業が本来向かうべき方向との乖離が生まれる。そのズレに気づいたとき、私たちは何を問い直すべきなのでしょうか。

本稿で問いかけること
  • デジタル化が意思決定の環境をどのように変えたのか
  • ストーリーとの乖離に気づいたとき、取るべき二つの選択とは何か
  • 一貫したストーリーが、組織の効率と成長にどう寄与するのか

1. 戦略は意思決定の集積ではない

日常の業務では、大小さまざまな意思決定が行われています。それぞれの決定には、担当者なりの理由があり、上長の承認があり、場合によっては数値的な裏付けもあるでしょう。しかし、それらが積み重なった結果として、企業全体の戦略が自然に形成されるわけではありません。

問題は、個々の意思決定が「部分的には正しい」ことです。売上を伸ばすための施策、コストを削減するための方針、リスクを回避するための判断。それぞれは部門の目標や短期的な評価軸に照らせば妥当です。しかし、それらが全体のストーリーと整合しているかは、別の問題です。

ストーリーとは、企業がどこへ向かい、何を実現し、どのような価値を提供するのかという、時間軸を持った一貫した構想です。このストーリーが曖昧なまま、あるいは共有されないまま意思決定が繰り返されると、施策は散発的になり、リソースは分散し、組織は方向感を失います。

デジタル化が進んだ現代では、意思決定の環境そのものが変化しています。データによる客観性が手に入り、判断の根拠を数値で示すことができるようになりました。しかし、データが示すのは「今この瞬間の最適解」であって、必ずしも「全体のストーリーに沿った選択」ではありません。むしろ、スピード、柔軟性、拡張性といったデジタルの特性が、局所最適をさらに加速させる可能性すらあります。

意思決定は、企業全体の戦略ストーリーに沿ってなされる必要があります。

2. ストーリーとの乖離に気づいたときの採るべき選択肢

ある施策が、全体のストーリーと乖離していることに気づく瞬間があります。「この判断は、本当に自分たちが目指す方向と合っているのか」という違和感です。

このとき、採りうる選択肢は二つです。一つは、施策をストーリーに沿う形に修正すること。もう一つは、ストーリーそのものを見直すことです。

前者は、個別の意思決定を調整する行為です。現在のストーリーが依然として妥当であるなら、局所最適に傾いた施策を修正し、全体との整合性を取り戻す必要があります。これは比較的わかりやすい対応です。

後者は、より本質的な問いを伴います。ストーリーそのものが、環境の変化や市場の実態に合わなくなっているのではないか。その場合、ストーリーを再定義し、組織全体で共有し直す必要があります。これは容易ではありませんが、避けて通れない判断です。

重要なのは、この二つの選択肢を明確に意識することです。多くの場合、乖離に気づいても「とりあえず今はこのまま進めよう」と先送りされます。あるいは、ストーリーの見直しが必要なのに、個別施策の調整だけで済ませようとします。この曖昧さが、組織の方向性をさらに不透明にします。

3. 一貫したストーリーが効率的な経営を支える

一貫したストーリーを持つ組織では、意思決定の質が変わります。

まず、無駄な投資が減ります。ストーリーに沿わない施策は、初期段階で見直されるため、リソースが分散しません。次に、組織全体の動きが揃います。経営層だけでなく、中間管理職や現場の担当者も、企業や組織のストーリーを意識して施策を提案し、意思決定を行うようになります。

デジタル化の文脈では、ストーリーの一貫性がさらに重要になります。デジタル施策は、スピードと柔軟性を持つ反面、方向性が定まらなければ迷走します。「とりあえずAIを導入する」「データ基盤を整備する」といった施策が、全体のストーリーと無関係に進められれば、それは単なるコストの積み上げに過ぎません。

逆に、ストーリーが明確であれば、デジタル施策は戦略を加速させる手段となります。データは意思決定の根拠を補強し、スピードは施策の展開を早め、柔軟性は環境変化への対応を可能にします。拡張性は、成功した施策を組織全体に広げる基盤となります。

ストーリーとは、意思決定の羅針盤です。それがなければ、個々の判断は正しく見えても、全体としては迷走します。

結び

意思決定にストーリーを宿すこと。それは、目の前の判断を全体の文脈に位置づけ、一貫性を問い続ける営みです。

局所最適は、必ずしも悪ではありません。しかし、それが積み重なった先に、意図した未来があるとは限りません。ストーリーとの整合性を意識し、必要であればストーリーそのものを見直す。その繰り返しが、組織の方向性を保ちます。

デジタル化は、意思決定の環境を変えました。データ、スピード、柔軟性、拡張性。これらは強力な道具ですが、方向性を与えるのは人間の思考です。ストーリーを持たないデジタル化は、ただの技術導入に終わります。

次に意思決定を迫られたとき、あなたはどのストーリーの中でその判断を位置づけますか。

執筆者プロフィール

総合電機メーカーでソフトウェア技師長、商品統括部長等を歴任、イノベーション創出のための戦略立案から実装まで幅広く経験。エンジニアリング会社ではICTセンター長、DX本部副本部長を歴任し、レガシー脱却やAI導入など、IT・DX戦略の企画・推進を実践。

デジタル化における意思決定の質を高めるための思考方法を探求している。